8月中旬。
百合園女学院のホールで、生徒会執行部『白百合団』の役員と、手伝いに訪れた団員が合宿の準備を進めています。
「ミルミん家の別荘使うからには、普通の合宿にしてよね! 疲れすぎると、学生の夏休みの本分である宿題が出来なくなっちゃうんだからねっ!」
合宿のしおりを確認しながらそう言ったのは、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)。
古くから女王家、そしてヴァイシャリー家に仕えている大貴族、ルリマーレン家の娘です。
誰からというわけではなく、夏の終わりに『白百合団』と、新設された『公務実践科』のメンバーで、合宿をしようという話があがりました。
堅苦しい学校行事ではなく、共に鍛錬し、学び合うことで親交を深めて、楽しい思い出を作ろうという、半分遊びの企画です。
その合宿を行う場所として、かつて色々とあったあの場所――ヴァイシャリーの北、イルミンスールの森に近い場所にある、ルリマーレン家の別荘が選ばれたのです。
「種もみの塔の時みたいなのは勘弁して」
「私も無理ー!」
サーラ・マルデーラと、モニカ・フレッディが笑いながら言います。
「二人とも上手いこと逃げて、行かなかったのよねー。大変だったんだから……変な呼び方されたりして」
副団長のティリア・イリアーノが苦笑しました。
「大丈夫よ、今回は神楽崎先輩のメニュー使ったりしないから」
団長の風見 瑠奈(かざみ・るな)がそう言うと。
「それは残念ですわっ。でも、公務実践科の先輩達と組手をする機会くらいは……!」
イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)がとても残念そうに拳を握りしめました。
「ふふ、自由時間も沢山あるから、怪我しない程度にそういうことも楽しんでほしいわ。それから……」
瑠奈が皆を見回しました。
「合宿最後の日に、皆に話したいことがあるの。この……生徒会執行部の事に関してなんだけれど。今、レイラン先生達と相談していることがあって」
瑠奈は特に下級生に、優しい目を向けて言います。
「白百合団団長として、私に出来る精一杯のことを、しようと思うの」
瑠奈の眼差しを受けた下級生達は、何のことだかは解らないながらも「はい」と元気な返事と可愛らしい微笑みを返してきました。
「風見団長、ちょっといい?」
生徒会室に書類を取りに向かった瑠奈を、呼び止める人物がいました。
ハスキーボイスの金髪長身美女、システィ・ダルベルトです。
システィはヴァイシャリーの名家の娘として、契約者ではないものの、白百合団の一員として主に救護活動に携わってくれています。
「風見団長……いえ、瑠奈。キミ彼氏が出来たんだって?」
「え……っ」
突然の言葉に、瑠奈は赤くなりながらこくんと首を縦に振りました。
「タイミングが悪いなぁ……」
システィが心底残念そうに言いました。
「……ごめん、ね」
瑠奈は団長に就任したばかりの頃、システィに想いを告げられたことがあるのです。
といっても、交際を申し込まれたわけではなく、その後は友人として仲良くしてきたのですが……。
「最後の夜に、パーティをやるよね」
「え? あ、うん。桜井校長の誕生パーティをね。日頃の感謝を込めて、校長達をお招きしてささやかなお祝いをしようと思ってるの」
「その夜の――12時の鐘が鳴った後。キミを連れ出してもいい? 話したい事がある」
まっすぐ、どこかしら自信に満ちた目で、システィは瑠奈に言いました。
「あの……私……」
「ああ、付き合ってとか、そう言う話じゃないよ。順序があるからね」
戸惑っている瑠奈に、システィはくすっと笑いかけました。
「1人じゃ不安なら、パートナーと一緒に来てくれても構わない。――それじゃ、ね」
瑠奈の頭に、そっと手を乗せたあと。
システィはホールへと戻っていきました。
空京のシャンバラ宮殿近くにある公務実践科のキャンパスには、公務実践科に通う他校生達が集まっていました。
彼らには時々講義を担当している錦織 百合子(にしきおり・ゆりこ)が、合宿の説明をしています。
「遊び場が何もないところで10日も過ごすのって地獄だなぁ。飛空艇とか持ってる奴らはいいけど」
「そうでもありません。ルリマーレン家の別荘も、その周辺にも楽しめるところが沢山ありますよ」
不満そうな男子生徒に、百合子は、ルリマーレン家別荘の設備や、周辺の観光スポットについて話していきます。
ルリマーレン家の別荘には、大きな別荘の他、以下のような施設、設備があります。
・各種催し、礼拝、挙式を行なえる会堂。
・田畑と果樹園。
・家畜小屋。厩舎。小規模の馬術場。
・お菓子工房。
・キャンプ場。
・庭園観賞が出来る広いロビーと、ガーデンテラス。
それから、近くに存在する占い師リーア・エルレン(りーあ・えるれん)の家や、美人三姉妹が営んでいるカフェ・ディオニウスに訪れてみたり、イルミンスールの森を散歩したり。
パラミタ内海まで出て、海水浴を楽しむこともできるでしょう――と、百合子は皆に話しました。
「是非伺いたいです。白百合団には友人もいますし」
他校生の中で真っ先に参加の申し込みをしたのは、時々講義を受けに訪れているレグルス・ツァンダでした。
彼は、ツァンダ家現当主の甥にあたる青年です。
契約者ではない彼の護衛として、皇 彼方(はなぶさ・かなた)とテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)も同行することになりました。
別荘は一般人にも貸し出しており、一般客も訪れていると思われます。