連日暑い日が続く中、花火や海開きなど開放的な気分になれるイベントも多い8月。
そんな8月のある日、ある広告を目にしたひとりの女性が空京にやって来ました。
ゆるくパーマがかかった長めの黒髪と、色白な肌が特徴的な彼女の名は紫式部(むらさきしきぶ)。
あの「源氏物語」の作者として平安時代に名を馳せた有名な歌人です。
どうやら英霊としてこのパラミタに舞い戻ったようですが、その様子が若干おかしいようです。式部は、小声でぶつぶつと呟いていました。
「私は源氏。私は源氏……モテモテでお馴染みの源氏なんだから……」
どうやら彼女は英霊として復活した際、自身が書いた物語の主人公に強い憧れを持つあまり、自分を光源氏だと思い込んでしまっているようです。
源氏のように派手な色恋を経験しなかった未練がそうさせたのか、元来のネガティブな性格がそうさせたのかは分かりません。
もっとも、その憧れが英霊になる際良い方向に作用したのか、外見は本人が悩むほど悪くはありません。
ただし性格はネガティブな上にプライドは微妙に高く、その上妄想癖が強めとなかなかの重傷です。
さて、その式部は一体何の広告を見てこの空京に来たのでしょうか。彼女は確認するように持っていたチラシを取り出しました。
『みなとくうきょうでひと夏の思い出づくり!
せっかくの夏、ひとりで過ごすのはちょっとイヤ。でも出会いがなくて……。
そんなあなたに1日限りのビッグチャンス!
この複合施設「みなとくうきょう」では、特別イベントを開催します!
そのイベントとは……「出会いの夏2020! 運命の人をみなとくうきょうで見つけちゃおうキャンペーン」!!
普段カップル向けのデートスポットとして有名なこのみなとくうきょうですが、イベント当日に限り、
カップルは入場禁止! おひとり様の男性女性限定で入場が可能です!
もうお分かりですね? そう、施設内で気になった方が見つかったなら、この日だけは気軽に声をかけてデートに誘ってOKなのです!
ひょっとしたらあなたが声をかけた人、かけられた人が運命の人かも?』
そしてまさに今日が、そのイベント当日というわけです。
式部は大きくひとつ息を吐くと、「大丈夫、源氏なんだから。源氏はモテなきゃおかしいんだから」とまた独り言を言いながら施設へと入っていきました。
時間はお昼を少し過ぎたところ。
入場口ではひとり、またひとりとチラシを見た生徒が中へ入っていく様子が見えます。
キラキラと眩しく照っている太陽は、「今日くらい、積極的になってみたら?」と誘いかけているようです。