ツァンダの料理人の間では、まことしやかにささやかれる伝説のキノコの噂がありました。
なんでも、そのキノコは食べれば一回り大きく――いや、ではなく、極上の味わいと香りを生み出すというのです。
かつては、とある病弱な王がそれを食べたことで「う、うますぎるぅっ!」と、ベッドから飛びあがり、元気に段ボールを被ってストーカーを始めたとかなんとか。
太陽にさらされれば金色に輝くその『太陽のキノコ』は、そんな逸話もあり、いつしか伝説のキノコと呼ばれるようになりました。
これは、そんな『太陽のキノコ』を求める、一人の料理人の話。
ヒラニプラと空京のちょうど中間程度に位置する、大きくもなければ小さくもない、平凡な街。
ぱっと見は特徴らしい特徴を見るのは難しいですが、知る人ぞ知るグルメの街です。
庶民的かつ家庭的な味わいの店が多く、冒険者たちにとっても帰るべきもうひとつの故郷とも言うべき場所になっていました。
そんなグルメの街にいる一人の青年が、酒場で疑問符の声をあげます。
「太陽のキノコ?」
「そう、伝説とも謳われるキノコのこと」
隣の同年齢ぐらいの若者は、青年がこの酒場で出会ったばかりの、なんの接点もない男でした。
酒場の雰囲気に流されて、こうして他人と飲むことはしばしばあることです。
その例にもれず、青年も彼と話していたのですが……気になる言葉が出てきたというわけでした。
「なんじゃい、そりゃ」
「あんた、料理人だろ? コックの白衣にコック帽……どう考えたって、料理作ってますって格好だもんな。それだけ堂々としてるやつも、初めて見たよ」
「ほっとけ。この格好はわしの戦闘服みたいなもんじゃ」
ずれたコック帽をくいっと直して、青年――放浪の料理人マルコ・ポックは答えました。
最高の料理を作ることを目指して旅をする彼にとっては、食材の話は聞き流すことのできない話題です。
まして、それが伝説ともなると、興味が湧くどころの話ではありませんでした。
「んで、その伝説のキノコのこと、詳しく教えてくれんか?」
「ほい」
「なんじゃい、その手は」
「決まってんじゃん、情報料だよ、情報料。世の中はギブアンドテイクで出来てんだぜ」
素敵な笑顔で手を差し出す若者に、しぶしぶマルコはお金を手渡しました。
それを数えた若者は、すこし不満そうではありましたが、まあ良しとばかりにすぐさまポケットにお金を突っ込みました。
「んじゃ、話してやるか。一回しか言わねえからよく聞けよ?」
「おう」
「なんでもな。その太陽のキノコっていうのは、荒野でしか、しかもごくまれにしか生えない希少なものらしい」
若者はマルコが頷くのを一度確認すると、続けて話しました。
「しかも、その旨味は最高級で、一度食べたら味を忘れられないほどらしい。で、だ。問題はここからなんだが、そのキノコがどうしてなかなか見ることが叶わないか……それはもちろん、まず発生率が低いってのもあるが、もう一つ――荒野の地下、つまりサンドワームの巣の中に生えるってことが原因してるってことだ」
「サンドワーム……!」
マルコは驚で思わず声が裏返りました。
というのも、荒野の危険な魔物の中でも、かなりの危険生物として認識されているのが、地下の主サンドワームだったからです。普段はあまり顔を見せることの少ない魔物ですが、巣の中となれば、話は別になるでしょう。
「ま、あとは最後になるが、最近、俺の友人の友人の友人がサンドワームの巣に実際に入って、太陽のキノコを見かけたという話がある。多分、あれを手に入れるのは今がチャンスだろうなぁ。俺が言えるのはこれぐらいだ」
もはや、マルコは若者の言葉を聞いていないようでした。
その思考は、いかにしてサンドワームの巣から『太陽のキノコ』を手に入れるかに傾いているよう。
何かを思いついたのか、はっと顔を上げて、マルコは立ち上がりました。
「すまん、わし、もういくわ。代金はこれで払っといてくれ」
「お、おい……」
「じゃなっ!」
関口一番。マルコは若者の呆然とする姿を背後に店から飛び出して行きました。
「まったく、忙しいやつだな。……儲かったからいいか」
若者は、出ていったマルコのことを頭の隅において、ポケットのお金と多めに残された代金を数えました。その顔には、いたずらな笑顔を浮かんでいます。
そんな若者に、そっと酒場のマスターが聞きました。
「で、その話、本当なのか?」
「……さあねぇ。噂だから」
にやっと子供めいた笑みを向けた若者――夢安京太郎は、とりあえず今晩の宿代が手に入って満足なのでした。
「聞きまして? ロウさん」
「ふふ、もちろんですともお嬢さま。伝説の『太陽のキノコ』……、しかと耳に聞きとめましたぞ! なあ、ニート!」
「検索……ヒット。伝説のキノコはツァンダ大荒野にあり……です。麗華お嬢さま」
「ぐずぐずしてはいられませんわ。早速、私たちも準備しますわよ!」
そして、料亭の裏に潜む妖しい影。
放浪料理人マルコ・ポックは、サンドワームの巣にあるとされる『太陽のキノコ』を手に入れるために、勇気ある冒険者たちを募りました。
もしよろしければ、危険なキノコ狩りツアーに参加してみませんか?