―テスト期間―
それは、学園生活を送る生徒達にとって避けては通れない難関の一つ。
パラミタという特殊な環境に生きる彼らを『学業』という本分へ引き戻します。
日頃不真面目な生徒も、この時ばかりは勉強をせずにいられな……
残念、それでも勉強をしない学生達がいました。
「おい、次のテストどうする?」
「そりゃもちろん……へへっ」
「江利子先生はぬけてるからな、余裕余裕」
教室の隅に集まって作戦会議中の生徒達……
どうやら彼らはカンニングを企だてているようですが、会話が廊下にまで聞こえています。
なんとも危機感がありません。
なぜかと言えば……
「うぅ……聞こえてますよぅ……」
彼らの担任、二ノ宮江利子(にのみや・えりこ)。
新任の教師である彼女は、その経験不足もさることながら……少々ドジなのです。
「君達、そんなに堂々とか……きゃっ!!」
生徒達に注意しようと近づく江利子ですが、何もない所で転びました。
「いたたた……ちょっと、君達! に、逃げないでくださいよぅ……」
彼女が転んだ隙を逃さず退散する生徒達……残された江利子は涙目です。
「うぅぅ……はい?」
そんな江利子の肩を誰かが叩く。
江利子が見上げると、そこに立っていたのは……
「いけませんなぁ、二ノ宮先生。不良生徒はしっかりと指導しなくては」
「や、山田先生?!」
生活指導を担当している山田教諭です。
眼鏡をかけたその顔は、侮蔑の表情を浮かべていました。
「今の生徒達……たしか出席番号……」
そう言いながらポケットから手帳を取り出します。
手帳には減点対象となった生徒達がリストアップされていました。
今の生徒達の名前がその中にいない事を確認すると、新たに名前を書き加え……
「待ってください、あの子達はまだ何もやってません」
「おや、二ノ宮先生。あんなゴミ共に情けをかけるつもりですか?」
「ゴミって……大事な生徒をそんな風に……」
「二ノ宮先生は少々生徒を甘やかしすぎじゃないですか? 教師と生徒がなぁなぁではいけませんよ。
ああいった愚かな生徒は、我々が厳しく、躾なければいけません」
「で、でも……」
ただ厳しくするだけでは生徒達は反発するだけで、理解してくれない。
そんな江利子の言葉は声にならず、山田に届きませんでした。
「……まぁいいでしょう、確かに彼らはまだ未遂ですからね」
そう言うと山田は手帳閉じました。
ほっと胸を撫で下ろす江利子でした、が……
「その代わり、校長先生には報告させていただきます」
「カンニング、ですか……」
「ふむ、生徒も問題じゃが……教員側にもしっかりしてもらわないと困るのぅ」
校長エリザベート達の意見に山田は逐一頷いています。
その一方で……
「も、申し訳ありません!」
校長達からのプレッシャーに江利子の顔面は蒼白です。
エリザベートがその気になれば、江利子は着任して1年も経たないうちにクビという可能性もありえます。
「ですが……ひとつ、面白いことを思いつきましたぁ〜」
エリザベートがくすりと笑みを浮かべました。
そんな彼女を見て、自分への刑罰でも考えたのかと震える江利子……ガクガクと震えています。
しかしエリザベートの口からもたらされたのは……
「次のテストでは、カンニングを全面的に認めるとしますぅ〜」
「ええぇぇぇ!!」
「もちろん、ただカンニングをさせるほど甘くはないですよぉ……ふふ……」
エリザベートによって決められた恐るべきルールとは……
・教室の中央に回答を用意
・教員達の目をかい潜り、回答を得てください
・教員は回答の四方を固めます、他に数名が教室内を巡回
・それ以外にもあらゆる方法でのカンニングを認めます
・カンニングで得た回答には回答と一緒にその手段を明記すること
・カンニングで得た回答による正解を確認された生徒は満点とみなします
・教員はあらゆる方法でカンニングを阻止すること
・カンニングに失敗した生徒は0点となります
「これは教員の訓練を兼ねているのですぅ〜」
「で、ではカンニングを最も阻止した教員にはボーナスを……」
「いいでしょう、士気を高めてくださぁい」
「ならば、一人もカンニングを阻止出来なかった教員には、減給処分、といった所じゃな」
「そ、そんなぁ……」
これは妙案、と満足そうなエリザベート達。
ボーナスに意気込む山田。
しかし江利子の減給は確定したようなものでした。
(うぅ……お給料が減ったら、大好きなぬいぐるみも買えなくなります……)
そんな事を考え、うなだれている江利子にさらなる追い討ちが……
「あまりにもひどいようならクビにするかもしれません、無能はいらないですぅ〜」
「く、クビ?」
「二ノ宮先生、短〜い間でしたが、ご苦労様でした……ぷぷっ……」
憐れみの顔を浮かべた山田が肩を叩きます……振り返った江利子の泣きそうな表情を見て、吹き出しました。
「そんな……ひ、ひどいですよぅ……」
しかしエリザベートはそんな彼女を意に介さず、すべては決定事項として通達されたのでした。
「では教員のみなさんはぁ、クビにならないように、がんばってくださぁい」
「クビになんてならないんだから……えぐえぐ……」
泣きながら闘志を燃やす? 江利子でした。