夜、妖怪の山。のっぺらぼう夫妻が経営する温泉宿『のっぺらりんの宿』。
宿の一室。鍋を囲む三人組。
「……あの遺跡には絶対に手を出すなと。事情は分かったけれど、こちらにもこちらの事情がある」
調薬探求会の会長シンリは困ったように言いました。
その相手は、
「……名物の鍋を御馳走するだけでは足りぬと?」
「状況は変わったですよ〜」
アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)とエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)でした。実は、先の上映会にて入手した手紙によりシンリ達に遺跡に出現する正体不明の魔術師を確実に諦めて貰うために交渉の席を設けたのでした。
「諦めてもいいけど、その代わりここでの素材採取を手伝って貰うよ。以前、ここに行った事がある仲間から調薬に使えそうな物があると聞いてね。魔術師を欲する者達を納得させないといけないから」
シンリはあっさり退くも条件を提示するのでした。
「採取とな、今は夜の上に採取する素材もただの植物ではなかろう?」
アーデルハイトが鋭い探りの目つきをシンリに向けました。
「さすが、察しがいいね。夜なのは夜でなければ出現しない素材があるからさ。そして、採取して貰う素材は妖力が込められている物。それ故、普通の素材と違い外見がおかしかったり採取の難易度が高い」
シンリはにこやかに説明をしました。
「仕方無いですね。人を呼ぶですよ〜」
「そちらは人員は出さぬのか?」
エリザベートはすぐに条件を呑む意思表示をし、アーデルハイトはシンリ側の人手を探ります。
「人員は二人出すよ。というか、すでに採取に出しているけどね」
シンリは二本指を立てながら口元をゆるめました。
「……それは例の特別なレシピのためかのぅ」
「それ込みのね。連れて来たのはクオンと黒亜の二人。本来ならクオン一人の予定だっただけど、実験をしたがる黒亜が勝手に付いて来てしまってね。危険な目に遭う事もあるかもしれないから気を付けてね」
アーデルハイトの追求にシンリは肩をすくめながらさらりと答えました。
「……大変な事になりそうじゃな」
アーデルハイトは疲れたような溜息を吐き出しました。
山中。
「特別なレシピの素材、みっけ!」
クオンは発光する花を発見し、採取。
「黒亜お姉ちゃん、そっちは……あれ? いない……また一人でどこかに行っちゃった。前来た時、妖怪で実験したいとか言ってたからなぁ。こっそり付いて来たのも多分それをするためだろうし……会長に教えなきゃ」
クオンは懐中電灯で周囲を照らし回っているはずの人物がいない事に気付き、宿初開店時に訪れた事を思い出していました。
一方、黒亜。
「……今日は……実験……妖怪で実験……」
黒亜は監視役のクオンの目を盗み自作の魔法薬を使用するため実験対象を探し歩いていました。
そんな黒亜の目の前を櫛や草履やしゃもじの付喪神が横切ぎると
「……付喪神……この薬を」
黒亜は足を止め、持参していた魔法薬を付喪神達に振りかけました。
途端に
「……ただの道具になった……効果有り……」
ただの櫛や草履、しゃもじとなり地面に転がりました。結果を確認した黒亜は他の魔法薬を確かめるために再び歩き始めました。
クオンの知らせにより黒亜の事が伝えられ、集められた者達は採取の他に黒亜の確保という仕事が課せられる事となりました。