「おはようございます、お姉様」
「おはようございます。素敵な朝ですわね」
柔らかな陽射しが降り注ぐ朝。
光に負けない輝きを放つ少女達が、百合園女学院に登校してきます。
「学院には随分慣れました? 部活動に参加されても良いと思いますわよ」
泉 美緒(いずみ・みお)は、一緒に登校してきたイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)に微笑みかけました。
「ええ。興味深い部活も多いのですけれど……実はわたくし、白百合団に入りたいと思っていますの」
校舎の前には自主的に警備を行っている白百合団員の姿があります。
イングリットは強く美しい白百合団員のお姉様に、尊敬の眼差しを向けました。
「百合園を護るために、わたくしも気高く、美しく、何より強くありたいですわ。それに……」
イングリットは辺りを見回しますが、目当ての人物の姿はまだありません。
「一昨年のここでの死闘。去年の離宮での戦い。そして、ロイヤルガードとして幾多の戦場を潜り抜けてらっしゃる、神楽崎優子様と一緒に、わたくしも戦いたいのですわ。そして、御手合わせもお願いしたいのです」
入学早々、この学院で一番強いのは誰かと聞いて回ったイングリットは、白百合団、副団長神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の数々の武勇伝と、接近戦では優子が百合園一に違いないという噂を、耳にしていました。
優子との手合せを望んだイングリットですが、これまで優子に近づくことはおろか、見かけることさえもほとんどありませんでした。
「今日の生徒総会の後、お話しをする機会があるかもしれませんわよ?」
微笑みを浮かべながらの美緒の言葉に、イングリットは強く頷きます。
「ええ、楽しみですわ。優子様も、白百合団の先輩方とのお話しも。皆さまの武勇伝をお聞きしたいですわ」
「確かに、武勇伝をお持ちのお姉様もいますけれど……。白百合団は戦闘の為の組織ではありませんのよ?」
美緒は後輩のイングリットに、百合園の生徒会について説明をしていきます。
百合園女学院の生徒会は通称『白百合会』と呼ばれています。
白百合会は通常の役員が在籍する本部と、一般人には対処できない学院がらみの事柄を対処するための執行部、通称『白百合団』に分かれています。
百合園は元々は日本のお嬢様学校であり、大和撫子の美しい伝統を伝える女子校です。
契約者ではなくても入学できるため、日本文化や、大和撫子の心を学ぶために通っているパラミタのお嬢様の方が、地球人より多く在籍しています。
最近は複数のパラミタ人と契約を結ぶ地球人が増えた為、更にパラミタ人の比率が高くなっています。
契約者であっても、誰もが武芸に秀でているわけではなく、特に百合園の生徒はお嬢様であることから、荒事には向かない少女達が沢山います。
白百合団メンバーの中にも戦闘知識をほとんど持たない者もいます。
神楽崎優子を初め、一部の生徒は輝かしい武勇伝を持っていますが、その背後に、守らなければならないか弱い乙女達が沢山存在しているのです。
「そしてわたくし達生徒は、全て生徒会のメンバーですけれど『白百合会』と表される場合、多くは本部の役員達の事を指していますの。情勢などの影響により見送っていた、その『白百合会』の選挙が、今年は行われるそうです」
白百合団の方は、本部とは体制が違うものの、こちらも団長と副団長が来春短期大学を卒業見込みであることから退任の意向を示しており、年末から年始頃には重役の選挙が行なわれる予定です。
「白百合会、白百合団のお姉様達には、パラミタの良家の方々から、沢山のお見合いのお話が届いているそうですわ」
生徒会長の伊藤春佳は、卒業後の進路として、進学するかラズィーヤの秘書となるか考えているようです。
団長の桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)は、卒業後も百合園に籍を残し、ラズィーヤの下で運営に関わることを望んでいるそうです。お見合いについては、パートナー達がもう少し自立をするまでは相手の家に入ることは出来ないとお断りをしているそうです。ですが、パートナーを含めて受け入れてくれる方がいるのなら、検討したいとは思っているようです。
副団長の神楽崎優子は、進学を希望しており、大学部のある各学校から引き抜きやスカウトの声がかかっています。ただ、本人はヴァイシャリーを離れることを望まず、東シャンバラのロイヤルガード隊長を続けたい気持ちもあることから、決めかねているようです。
「そういえば学生達の間では、アレナさんを次期団長にという声も上がっているようですわ……あっ」
予鈴の鐘の音が響き渡ります。
「わたくし達も、百合園を護るために積極的に意見を出していきませんとね!」
「ええ」
美緒とイングリットは会話を続けながらも、急いで教室へと向かっていきました。
本日、百合園女学院では全校生徒による、生徒総会が行われます。貴方の意見が学校運営に反映されるかもしれません。
その後には、ささやかなティーパーティが予定されています。お友達とのんびり過ごしても良いですが、気になる方に、貴方の顔を知ってもらうチャンスでもあります。気になるお姉様の傍に座ってみましょう。
また、その間に希望者は個別面談を受けることが出来ます。
分からないことや、学院生活や、友人関係、進路についての相談や悩みを、校長やラズィーヤ、白百合会、白百合団のお姉様達に聞いてもらうことができます。彼女達もまだ若いので、逆に悩みを相談されるかもしれませんが。
生徒総会の後に、百合園で不定期で行われているこのティーパーティには、ヴァイシャリーの名家、有力者。
そして、各校に所属しているエリート契約者や、シャンバラ各地の有力者も顔を出すといいます。
無邪気にのんびりパーティを楽しんでも何も問題はありませんが、卒業を控えた生徒達にとっては、大切な就職活動の場でもあるのです。
○ ○ ○
「すみません、すみません……お嬢様」
掃除の時間。裏門付近を掃除していた百合園生達に、若い男女が近づいてきました。
「どうかなさいましたか?」
男女はごく普通の身なりをしていますが、何故だかとても辛そうでした。
「実は僕達、訳があって追われているんです……あ、命を狙われているとかではありません」
「互いの家の者に、交際を反対されているんです。2人で駆け落ちをしたのですが、資金が尽きてしまって」
「それは、お辛いでしょうね……」
2人の説明を、百合園生達は親身になって聞いてあげています。
「それで……恥ずかしい話ですが、今日ここでパーティが行われると耳にしましたので、少しでいいので食事を戴けないかと思いまして」
「朝から何も食べていないんです。お願いします、知り合いとして招待してはいただけないでしょうか」
二人は深々と百合園生に頭を下げました。
百合園生達は顔を合わせた後、こくりと頷きました。
「わかりました。私達の友人としてパーティに招待いたしますわ」
「大変でしょうけれど、早まったりはしないでくださいね。私達はこれくらいしか力になれませんが……」
百合園生達の言葉に、2人は顔を上げて喜びの表情を浮かべました。
「いいえ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
お礼を言う二人に、百合園生達は招待状を書いてあげました。