「その表情からして、何故呼ばれたのか分かっているみたいね」
蒼空学園の校長室にて、携帯電話を片手に御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は訪れた人物を鋭い目で見ました。
「私……早く自分の学校に戻らないといけないんです。パートナーのお手伝いをしないと」
小さな声で、少女はそう言いました。
「そうはいかないわ――十二星華のサジタリウス。それとも今の名前で呼んだ方がいいかしら?」
ぴくり、と少女は震えました。
「鬘と眼鏡で軽く変装してるみたいだけれど、何故隠す必要があるのかしら。力を貸して欲しいの。星剣、持っているわよね」
「星弓の力は封印してあります。封印を解くつもりはありません」
「何故? あなたもシャンバラの復活を望んでいるんでしょ? その為には力が必要だわ」
「私は……大切な人の側で、普通の人間として生きたいんです。特別な力なんていらない。普通の剣の花嫁でいいの……っ」
「だけれど、あなたが女王の血を受け継いでいることも、強い力を秘めた女王器を所持していることも、紛れもない真実。――拒絶できない現実。抗えない宿命」
言葉を浴びせながら、環菜はサジタリウスに近付いていきます。
「女王の座を狙っているわけじゃないのなら、封印を解いて、クイーン・ヴァンガードに入りなさい。あなたのその力で、どれだけの人を救えると思ってるの?」
環菜の言葉に、泣き出しそうになりながら、少女は必死に言葉を発します。
「でも、一番大切な人に、これ以上負担を背負わせたくないんです。星剣の封印を解いたら、パートナーの光条兵器も同時に力が戻ることになるから、秘密にしていても分かってしまう……。十二星華だということ、知られたくないんです。私はパートナーと一緒に一般の人よりシャンバラの為に尽くしてるから、それで……どうか、許して下さい」
サジタリウスは体を封印された状態で、心だけずっと生きていました。
一切の行動の自由が奪われ、死を望みながら長い長い時を苦しみながら生きてきました。
その苦しみから解放してくれたパートナーをとても大切に思い、深く敬愛しています。
今はただ、パートナーを見守りながら、ゆっくり生きたい。生きることが嫌いになりたくはないと思っているのです。
「凄く凄く頑張ってる人だから、私の所為で、今以上の戦いに巻き込むようなことはしたくないんです」
「……わかったわ。でも、1つだけお願い」
環菜は真正面に立ち、サジタリウスを真直ぐに見ました。
サジタリウスは怯えたように視線を落とします。
「東の森にある獣人達の村が何者かに襲われているらしいの。クイーン・ヴァンガードが救援に向かっているのだけど、状況は厳しそう。せめて、救護活動くらい協力してあげてほしいの」
「わかりました」
少女は頭を下げると逃げるように校長室から出て行きました。
環菜は救援に向かっているクイーン・ヴァンガードのメンバーに、即座に連絡を入れました。
「十二星華の1人がそちらに向かっているわ。自分の意思で力を封印しているようだけれど……そっちの惨状を見せれば、封印を解く気になると思う。完全に覚醒させて、ティセラを撃退させて」
用件だけ伝えると、環菜は携帯電話をパタンと閉じました。
「目を覚ましなさい、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)……」
○ ○ ○ ○
獣人達の村は十二星華のティセラの襲撃に遭っていました。
「村に祭られている聖像、大人しく見せて下されば、これ以上何もいたしませんわ」
「絶対に渡すわけにはいかん! あれは女王様から村のご先祖様がお預かりした大事なものなんじゃ」
本意ではないと言いながらも、ティセラは既に村の半分を吹き飛ばしていました。
更に、彼女は合成獣を数十匹連れています。
村外れには、小さな像を握り締め高い木の上に避難している男がいます。
「像を、どうにか安全な所へ……っ」
彼の名は、
グレイス・マラリィン。イルミンスール魔法学校の教師にして、考古学者でもあります。
この村出身の獣人の青年です。
その青年の所に、羽を生やした合成獣が突進してきました。
爪で大きく肩を引き裂かれ、青年の血が飛び散りました。
青年はなすすべもなく、像を抱え込みながら、木にしがみつき続けています。
「頼む……だれ、か……がは……っ」
狼と共に暮らしていた狼の獣人達の村が、滅びかけています。