イルミンスールの森の南西、荒野に近い場所にひっそりとたたずむ温泉旅館・薫風。
毎年この時期になると、この温泉につかるべく訪れた多くの宿泊客に賑わうのですが……
「……はぁ……これはどうしたものかしら……」
魔法学園に通いながらこの旅館を切り盛りする若女将・皆川縁(みながわ・ゆかり)はため息をついた。
実はこの温泉旅館、最近はめっきり客足が途絶えてしまっているのです。
その原因はというと……
「当温泉は源泉掛け流しとなっております。効能は肩こり、冷え性、筋肉痛……でも、もうないのよね……」
ある日を境に宿の温泉の源泉が涸れてしまったのです。
なんとか入浴剤を調合して浴場を機能させてはいるものの、人口の温泉では魅力は半減。
いつもは予約でいっぱいのこの時期なのですが、すっかり閑古鳥が鳴いてしまっています。
「……でも、どうして枯れちゃったんだろう……」
かつて温泉が流れてきていた涸れ水路の向こうは険しい岩場になっていて、登山家でもないと進むことが出来ません。
「空でも飛べれば、何かわかるのかもしれないけど……」
飛行の魔法を習得していない縁には涸れてしまった原因を調べる事は出来ませんでした。
「こんなことなら魔力強化の特別講習を受けてればよかったわ、わりと近くでやってたみたいなのに……」
聞いた話では結構大掛かりな魔法の訓練だったようです……当時の縁は旅館の仕事が忙しく、受けることが出来なかったのです。
「ま、わからないのはしょうがないわ、元々温泉以外に売りと言えるものが無いのがいけないのよ……料理も平凡だし、マスコットキャラとかも特に無いし、何かお客さんを呼び込む企画とかあれば良いのだけれど……」
参考にと買った観光雑誌では最近出来たばかりのスーパー銭湯が取り上げられていました。
数十種類のバス施設、充実の料理バイキング、お笑い芸人や人気歌手のステージまであるようです。
「巨乳美女が水着でお出迎え……こ、こ、こんなの、私にはとてもマネできないわ……第一肝心の胸が……」
残念ながら縁は着物がよく似合う体形をしていました、もちろん着付けは完璧ですが色気となると物足りない。
普段は女将らしくと気を張っているものの、うなじを出す為に髪をアップにしながら帳簿と睨めっこする姿は年相応の幼さが残ります。
「名物料理が必要ね、宣伝も、でも予算が……このままじゃお給料も払えないし……今度のアルバイトの募集はやめようかしら?」
いつもなら短期のアルバイトを雇っているのですが、この状況だと最早その必要もなさそうです。
「やっぱり思い切ってアルバイトの人件費を……あ……」
その時、縁の頭に天啓が下りました。
「アルバイトで来てくれた皆に知恵を貸してもらえばいいんだわ! 三人寄れば文殊の知恵とも言うし、きっと一人で考え込むより良いアイディアが出るはずよ」
かくして、温泉旅館・薫風の今年のアルバイト募集要項に『アイディア求む』の文字が書き加えられたのでした。