「カンバス・ウォーカーを出してもらいたい。隠し立てすれば実力行使も――ふがっ! もごっ!」
ある日のイルミンスール魔法学校。
若干血走った目のクィーン・ヴァンガード皇彼方の来訪。
その場に居合わせた生徒達の間にざわめきが広がりました。
「そうじゃないでしょ、彼方。ここは蒼空学園じゃないんだから、きちんと事情を説明して協力してもらわなくちゃ……」
彼方のパートナー、テティス・レジャが羽交い締め気味に彼方の口を塞ぎましたが、彼方は厳しい顔のままそれを振りほどきました。
「あーわかってる! 俺もそれはわかってるけどっ!」
彼方は自分の額を拳で小突きながら自分に言い聞かすように呟きます。
「空京のあっちこっちで女王像に似た美術品を片っ端からぶっ壊し回ってるような奴だぞ。女王像のこれ以上の破壊なんて冗談じゃないし、攪乱が目的ならどんどん状況は悪くなる。カンバス・ウォーカーがそれこそティセラの手先かもしれない。時間がないんだっ!」
なるほど、せっぱ詰まっているのは、責任感と焦りの裏返しのようです。
カンバス・ウォーカーと言えばイルミンスールの秋の展覧会で、一騒動の引鉄となった怪盗の少女。自らを美術品に込められた想いが引き起こす「現象」と語った少女は、とある無名画家の願いを叶え、消えていきました。
その彼女がイルミンスールにいるというのでしょうか――
――実はいるのです。
彼方達が到着する数十分前。
「追われてるんだっ、助けてっ! いや、かくまってくれればそれだけでもっ! あ、あの、怪しい者じゃないんだ。どういう訳かここに来れば助けてもらえるって気がしたんだけどっ……!」
荒く息を切らした少女がイルミンスール魔法学校の入り口をくぐりました。
「どこから説明しよう!? ぼくは『カンバス・ウォーカー』……え? カンバス・ウォーカーなら知ってる? それならありがたい。ん、以前と見た目が違うって?」
一瞬、ホッとした様子で胸をなで下ろした少女は、自分の姿をしげしげと眺め下ろしました。ツンツンと逆立てた赤い髪に、シルバーアクセサリーで装飾されたレザーの上下。活発そうでパンキッシュな出で立ち。なるほど、以前現れた怪盗少女が小柄で可愛らしい姿をしていたことと比べると、ずいぶん印象が違います。
「そうだね、たぶんそうだ。ぼくは美術品に込められた『想い』に引かれて形を取るから、決まった姿はないんだ。ついでに言うなら以前現れたっていうカンバス・ウォーカーと記憶も共有できない」
そう言ったカンバス・ウォーカーは大事そうに小さな像を抱え込みます。
「空京で突然襲われたんだっ! たぶんこの像を狙って壊そうとしているんだと思う。正確な人数は判らないけど……剣の花嫁みたいだったかな……それから、とにかく正気じゃなかった。まったくの無表情っていうのかな、そんな感じなのに像を壊そうとしてて」
状況を思い出すように顔を伏せていたカンバス・ウォーカーですが、そこでキッと顔を上げました。
「どうやら危機を感じたんだろうね。像に込められた想いがぼくに形を取らせた。想いを込めて作られたものが、壊されるなんて許せない。ぼくがこうして姿をとった以上――ぼくはこの像を守らなくちゃいけないと思うんだ」
クィーン・ヴァンガードとカンバス・ウォーカー。
どうにも食い違う両者の話はその場にいた生徒達の頭に疑問符をまき散らしました。
さあ、新たな騒動の幕開けです。