「そら……くも……たいよう……」
蒼空学園の校庭で、一人の少女が空を見上げていました。
少女の名前は夜魅(よみ)。
長き時、災いと呼ばれ孤独な闇に封じられていましたが、少し前に蒼空学園の生徒達により救われ、光の下に出てくる事が出来たばかりです。
「ええと、あめ……それから……ゆき?」
それ故、一般常識等には非常に疎く、身近な事から一つ一つ覚えている最中なのですが。
「ゆきって何だろう? あめが冷たくなって固まって、すごくキレイだってコトノハは言ってたけど……」
冷たいとか固まってとか、正直よく分かりません。
でも「キレイ」なのはワクワクするし、楽しみです。
「もう少し寒くなったら見られるって事だけど、早く見たいなぁ」
呟いた夜魅はふと、瞳を輝かせました。
「え? 本当に? 本当にゆきを見せてくれるの?」
「……夜魅ちゃん? どうかしたのですか?」
花壇の世話に向かう途中の春川雛子がそんな夜魅に、声を掛けました。
雛子の目には、夜魅が空に向かって独り言を言っているようにしか見えないのですから。
「あっヒナコ! あのね、せーれーさんがゆきをみせてくれるって!」
「……えっ?」
嬉しそうな夜魅に雛子が小首を傾げた時、でした。
はらり。
先ほどまで青かった空から、白き結晶が舞い降りてきたのです。
「……雪?」
「うわぁ、これがゆき? ホントにキレイ!」
怪訝そうな雛子とは対照的に、手を叩いて喜ぶ夜魅。
はらはらはら……びゅおぉぉぉぉぉぉぉぉ。
無邪気な称賛に応えるように、降る雪はどんどんとその勢いを増し。
「あら? あっ夜魅ちゃん、ストップストップストップですよ〜」
気付いた雛子が叫んだ時にはもう、辺りは一面の銀世界となっていたのでした。
そして。
「きゃっ!?」
「おっと、大丈夫か?」
雪に足を取られた雛子は、横合いから伸びた腕に抱きかかえられたのでした。
「というわけで、校庭の雪の除去作業を可及的速やかに行う事」
「いや何が、というわけで、なんだ?」
蒼空学園の理事長兼生徒会長の御神楽環菜の命令に、井上陸斗は眉間に皺を寄せました。
「確かに校庭周辺はひどい事になってるが、放っときゃ溶けるだろ、その内」
「溶けだした時に雪崩が起こって、ケガ人が出たり校舎に被害が及んだりするかもしれないじゃない。校庭を使う予定もあるし」
「て言ってもなぁ、大変だぞアレは」
小柄とはいえ、雛子が膝まで埋まる程です。校庭は広いし。
「大丈夫です、陸斗くん。私、頑張って片づけますから」
「ヒナコ、あたしも手伝うよ。何か楽しそうだし」
けれど、そんな陸斗に雛子と夜魅は言うのです。
更に。
「俺も勿論、手伝おう。困っている女の子を助けるのは男の義務だからな」
見た事ない男子生徒までそんな事を言うのです。
「てかお前、誰だよ(ヒナに馴れ馴れしくしやがって)」
「あのね、この人は観世院義彦(かんぜいん よしひこ)さん。さっきね、助けて貰ったんです」
「観世院?」
「そう、彼は薔薇の学舎のジェイダス・観世院の甥よ。スカウトしたの」
「薔薇の学舎は男しかいないだろ? その点、こっちは天国だよな。てなわけで、よろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
「おっおぉぉぉぉぉ、ヒナ! 勿論、俺も手伝うから! さぁ行こう、直ぐ行こう、さっさと雪を撤去しよう!」
見つめ合う義彦と雛子の間に割って入り、陸斗は声を上げました。
「御神楽会長、折角ですし雪遊びしながらでも良いですか?」
「構わないわ。校庭の真ん中辺りだけ完全に撤去してくれれば、周りには多少残っても問題はないから」
「では、手が空いている方々に声をかけてみますね。行こう、夜魅ちゃん」
「うん!」
どこか剣呑な様子の陸斗と義彦には全く気付かず、雛子は夜魅と手を繋ぎ校庭に向かうのでした。