「すまないがリア充は帰ってくれないか!」
――夏。
浜辺を訪れた貴方が見たのは、氷漬けにされた女性たちと、彼女のいない野郎ども。
そんな浜辺の中心に涼しげな顔でアイスを頬張る『ょぅι゛ょ』こと雪女郎ちゃんの姿でした。
事の始まりは数日前のことでした。
氷の精霊である雪女郎が毎年のようにヒラニプラ山脈へと避暑へ訪れていました。
「うぅ……こうも暑いと溶けちゃうわぁ」
比較的涼しい山間で、しかも日が当たらないというのにも関わらずジワジワと気温が上がっていくのを肌で感じていました。
さらに暑さを感じさせるようにセミたちが大きな声で合唱を始めます。
ついに我慢が出来なくなった雪女郎は、ある一大決心をするのです。
「そうだ! 海に行こう!」
海に行けばきっと涼しい。
そう感じた雪女郎は真夏の海へと向かうのでした。
「や〜ん、こぼしちゃったぁ」
「も〜、どこにボール飛ばしてるのよ!」
夏場、浜辺によく現れる『カップル』という生き物。
いや、それならまだいいが、それより凶悪な存在が浜辺には大量発生していたのです。
『バカップル』
第三者から見れば恥ずかしいような歯の浮く台詞や行動も、二人の世界ならば何も気にすることはないのです。
キャッキャウフフという言葉が音を立ててそこら中を歩いているようでした。
誰にも邪魔をされずに紡ぎ出す二人だけの世界は、未来では黒歴史になるかもしれないというのに。
雪女郎が着いた頃にはそんな二人の世界が浜辺を埋めつくしていました。
な ん だ こ れ は 。
右を見てもカップル。
左を見てもカップル。
正面を見ても、後ろを見ても、斜め後方も、浅瀬の中も。
じわりと額ににじむ汗。
ゆらりと浮かぶ殺意。
「私は海を見に来たんであって、お前らを見に来たんじゃなあぁぁぁい!!」
強い風とともに雪が舞い、辺りを女性の悲鳴が包み込みます。
視界を奪うほどの吹雪がようやくおさまると、浜辺には立派な氷柱があちこちに出来上がっていました。
浜辺を訪れていた女性たちはみな一様に氷漬けにされ、
バカップルの片割れの男性も何人かはラブラブな様子で氷の中でも一緒にいるのも見受けられます。
浜辺は雪で一転、まるでスキーかスケート場のように雪で覆われ、海の家はまるで氷を切り出して作ったよう。
そして大きくアーチ上に氷がドームを作り、眩しい太陽の直射を遮っています。
「よし、これで少しは静かに涼しくなれるわ」
うむ、と満足そうに腰に手を当ててようやく上機嫌になる雪女郎。
「なんと……浜辺に我々の天使……いや、女王が降臨なさったというのか……!」
そんな彼女の姿を見ていたのは残された男性陣。
そう。
これが新しい占拠の形。
「今こそ立ち上がれ同志たちよ! ここにいる我々は言わば選ばれたも同然ッ!」
「愛らしいょぅι゛ょ様をお守りするのだっ!」
野太い歓声が浜辺に轟き、雪女郎の元へ我先にと走り出して大地を震わせます。
そして今、浜辺は雪女郎が支配しているも同然。
また話を聞きつけ海に行ったまま戻ってこない人が増えているという情報も入っています。
しかし海は皆のもの。
氷漬けになった人たちを助け出し、占拠された浜辺を取り返せるのでしょうか?