「逃げられたですって!?」
青空学園分校に勤める教員、久瀬 稲荷(くぜ いなり)の耳に届いたのは施設から野盗が脱走したという連絡でした。
件の野盗は先日、ツァンダ東部の森に住む魔女たちを襲った一団です。多くの人たちの協力があり全員を捕まえることができたのですが……。
「わかりました。こちらでも対処しますよ」
(しかし困りましたね。今は夏祭りの準備で忙しいというのに……)
久瀬の考えているとおり、分校のある町は夏祭りの準備で賑わっていました。
ツァンダ方面へと続く街道は行商人が行き来をしており、普段よりも多くの人の姿が見受けられます。
「さすがに人手不足ですね。これは皆に協力してもらいましょう。お礼は……あとで考えるとしましょうか」
久瀬は言うと協力してくれるよう依頼を出しました。
依頼の内容は逃げ出した野盗の捜索および捕縛、そして街道の安全確保です。
依頼を出してから数日後、ある昼下がりのことでした。
分校敷地内に設置されたカフェテラスで久瀬が誰かと話しています。
「どこかでお会いしましたかしら?」
「いえ。あまりこの辺りでは見かけない姿だったので気になったのですよ」
話し相手は妙齢の女性でした。
深く被った帽子から覗く瞳は久瀬の様子を探っているように見えます。
「学園に来るのは初めてですか?」
「ええ、色々な種族の方がいるのですね。私の住んでいるところにはシャンバラ人しかいませんから」
「それで辺りを見回していたのですね」
「ついめずらしくて、失礼だとは思うのですけれど」
(町の祭りではなく学校の見学来る方が珍しいと思いますけどね……ふむ)
「どのあたりから来られたのですか?」
「あっち……あちらからですわ」
彼女が指差した方角は東でした。
少し道を行くと野盗に襲われた魔女たちの住む森が広がっています。
森を抜けてさらに東へ向かえばシャンバラ大荒野です。
古王国期には緑豊かな大地でしたが今では荒廃しています。
「シャンバラ大荒野の方から来られたのですね」
「ええ、私の住んでいるところは森を抜けた先にありますの」
(そういえば私は森を越えたことありませんね。ちょっと気になります)
「よろしければ学園内を案内しましょうか」
「もう何度か見て回りましたわ」
「おや。ということは何日か滞在していたのですか?」
「ええ、一週間ほど前から。小旅行みたいなものかしら」
「いいですね。羨ましいかぎりです。いつまでこちらに?」
「今夜には帰る予定ですの」
「そうでしたか。先日、野盗が脱走するという事件も起きたので夜間の活動は控えたほうが良いかと」
「こちらも物騒なのですね。気をつけますわ」
「あ、名乗るのを忘れていました。私は久瀬稲荷といいます」
「ご丁寧にありがとう。私の名前はライアー・フィギアですわ。ぜひお見知りおきを……」
ライアーと別れたあとで久瀬はまいったなあというように頭をかきました。
「いなりー!」
久瀬の名前を呼んで駆けつけてきたのは魔女のルーノです。
件の野盗に襲われた魔女です。彼女の後ろには友人である機晶姫のクウもいました。
「クゼ、健勝でナニヨリ」
「どこでそんな難しい言葉を……二人は夏祭りを見に来たんですか?」
「おうよー!」
「ルーちゃんが花火をミタイというので、クゼに見晴らしの良い場所をオシエテもらおうかと」
「それならツァンダ方面へ続く街道の途中に茶屋がありますからそこが良いでしょう」
「よし! 行こうくーちゃん!!」
「今はいろいろ危ない時期ですから気をつけてくださいね!」
去りゆく二人の背中に向けて久瀬が言いました。
そんなことがあった当日、日が暮れ始める少し前のことでした。
分校の体育館に集まった面々に久瀬は言います。
「野盗たちが脱走してから数日が経過していますが、いまだにどこに潜伏しているのかはわかっていません。夏祭りの間は街道の安全確保が優先です。各自無理をせず行動してください」
夏祭りで賑わう町の裏側で起きている野盗の脱走劇。
野盗たちはどこへ姿を消してしまったのでしょうか?
そして久瀬たちは逃げ出した野盗たちを捕まえることができるのでしょうか。