アガルタの総責任者、ハーリー・マハーリーはその巨大な建造物を見上げていました。
ここはアガルタではなく、ニルヴァーナ創世学園。
なぜそんなところにハーリーがいるのかといいますと、数日前に遡ります。
アガルタの総司令部の執務室にて、ハーリーは書類とにらみ合っていました。
手にとってある書類には【教育について】とあり、どうやら各地区の教育・学力についての報告書のようです。
ハーリーが深いため息をつきました。アガルタ内に学校はあるものの、教育水準は全体的にあまりよくないのです。ハーリーのお膝元であるアガルトピア中央区(A区)ですら、ぎりぎり及第点。他の地区はお察しくださいという有様。
指令部(行政機関)が万年人手不足であるのは、こうした事情もありました。
徐々に良くなるだろうと思っていたハーリーでしたが、本当に少しずつしか成長していないグラフを見ると、何か手を打たなければなりません。
悩んでいるハーリーを見かねた秘書が口を挟みます。
「ニルヴァーナ創世学園へ視察に行かれてみてはいかがでしょう?」
自分でアイデアを考えねば、と思っていたハーリーは、その言葉に「なんでそれを思いつかなかったんだ」と自分で自分に苦笑しました。
そして思ったがすぐ行動、と学園への連絡を秘書に命じたのでした。
ですが最後に、目を鋭くさせてこう一言付け加えました。
「……お前はココに残れ。俺がいないとなれば、あいつらが動くかもしれねー」
「しかし……はぁ、分りました。くれぐれもお気をつけて」
心配そうに言い募ろうとした秘書でしたが、ハーリーの強い口調にため息をつき、頷きました。ハーリーもまた頷きを返し、窓から街を見ました。
とても、とても優しい目でした。この街が大事なのだとひと目で分かる、そんな目をしていました。
「頼んだぜ。俺が帰ってきた時、街がなくなってたなんて、笑い話にもならねーからな」
***
ずるい、と彼女は思うのです。
自分にはもう『あの人』しかないのに、『あの人』にはたくさんあるのです。
こんなにずるいことはないでしょう。
だから、と彼女は思うのです。
自分が『あの人』からすべてを奪うのは、自分に与えられた『権利』だと。
これほど明確な事実もないでしょう。
だって、と彼女は思うのです。
自分がこれほど『あの人』のために尽くしているのだから、そう、すべて『あの人』のためなのだから。
こんなにも嬉しいことはないでしょう。
「ふふ、順調そうね」
「はい! これもお姉さんのおかげです!」
彼女は笑って、少女を見つめます。いえ、少女の後ろに見える『あの人』を見つめます。
優しい目で少女を見つめている『あの人』を、彼女は見るのです。
彼女はさらに笑います。作った笑みではありません。心からの笑みでした。
目の前で無邪気に笑っている少女が、あまりにも滑稽で。
「知ってるかしら? 今度ハーリーが街を離れるそうよ」
彼女は少女に話しかけます。
笑みを消して無表情になった少女が、あまりにも滑稽すぎて、愛おしさを感じてしまったほど。
「この好機をどう使うかは、あなた次第よ……美咲ちゃん?」
彼女は、御主 悪世は、美しく笑った。