「1日限定で、子猫と子犬の飼い主になりませんか〜」
空京万博入口近くにある、総合受付所前で雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が、人々に明るく声をかけています。
「みゃーみゃー」
「くーん、くぅーん」
雅羅の足下では、みかん箱に入った子猫と子犬が、可愛らしい声を上げています。
「この仔達は、空京で保護された野良猫、野良犬達なの」
パラミタパビリオンの中にある『わんにゃん展示場』では、パラミタで保護された野良猫、野良犬達の紹介が行われています。
気に入ったワンちゃんネコちゃんを譲り受けることもできるかもしれません。但し、飼い主としてちゃんと面倒をみれる人に限ります。
「今日一日だけでも面倒をみてくれると助かります。よろしければ、この仔達と一緒に万博を楽しみませんか」
笑顔で雅羅は人々にペットを勧めていきます。
「ゴミはこちらにお願いします。ペットの汚物はお持ち帰りください」
イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)は、今日は白百合団の友人達と美化活動を行っています。
「そろそろ見回りに行きましょう。でも、お一人足りないようですわね」
休憩後の集合時間はもう過ぎていますが、団員が一人戻ってきていません。
誰が足りないのか、しばらくわからなかった白百合団員達ですが、名簿を確認してわかりました。
「アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)さんがいません」
「え!? アレナさん、いらしていたのですか」
ひっそりついてきて、ひっそり掃除に勤しんでいた彼女のことは、誰も気に留めていませんでした。
「迷子になってしまったのかもしれませんわね、見回りをしながら、探してみましょう」
受付に、アレナが戻ったらここで待っているように伝えてくれと頼んで、白百合団員達は班ごとに会場の見回りに向かいました。
「カァ〜、カー」
何故か今日は鴉が異様に多く、襲われたという報告も受けています。
「麻酔銃で撃ち落とすよ!」
金元 ななな(かねもと・ななな)は、春に教導団に転校をしてきたミクル・フレイバディ(みくる・ふれいばでぃ)と共に、新団員同士で鴉討伐を始めました。
「子供が驚いたり、真似したりしないかな? おびき寄せて捕まえた方がいいんじゃ……。あ、あそこに集まってる!」
ミクルは、ゴミ箱に3羽の鴉を発見しました。
「にゃーにゃー」
ゴミ箱には、子猫もいます。鴉はゴミよりも何故か子猫を狙っているようでした。
「全部捕まえて鍋にするよ!」
「鍋って……。そ、そういう文化もあるかもしれないけど、僕は反対だよ」
鴉を追い払い、ミクルは子猫を救い出しました。
「なべ猫はM76星雲では常識だし、地球の日本でも流行ってたでしょぉ!」
「あ、食べるんじゃないのね。なななさんならしかねないと思ったよっ。……うん、入れものに入った猫ちゃんの姿、愛らしいよね」
ミクルは保護した猫を、わんにゃん展示場に連れて行ってあげることにしました。
「そのまま連れて行ったら駄目だよ! せめて『シャンバララーメン試食会』で、どんぶりを手に入れてからにしてっ。どんぶりの中に入れるの! 宇宙の平和のためにっ!」
なななの言っていることは、時々訳が分かりません。
「……全く落ち着けんのだが」
護衛を伴い、空京万博に訪れていたラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)は、とても不機嫌そうでした。
シャンバラの伝統パビリオンの中にある、『タシガンの薔薇』の喫茶コーナーの席についたラドゥでしたが、何故かその足下に子猫が群がっています。
「可愛いじゃないですか。どうです? 家で飼ってみたら。イメージアップにもつながりますよ、きっと!」
にやにや笑みを浮かべながらそう言ったのは、護衛としてついてきたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)です。でも、ラドゥの付添いは彼にとってあまりにも退屈だったので、彼の靴にこっそりマタタビの汁を塗り込んだりしてみました。
……彼の人柄を見るためにやってみたことでもあります。
「しかし、こんなに館内に猫がいるのって変じゃないですかね。呪われた人間かもしれませんよ? 王子や姫のキスで呪いが解けるって話は良く聞くよなぁ。ちょっとラドゥさんやってみませんかね?」
「ふざけるな。誰が猫なんかと」
「けど、ジェイダスがキスで元の姿に戻るんなら、やりますよね?」
「当たり前だ」
そう答えた後、ラドゥは屈辱か照れか、ほんのり赤くなり顔をそむけました。
「っ……邪魔だ、離れろ!」
声を荒げても、猫達はラドゥの足にまとわりつづけます。
「ミー、ミー」
「ん?」
可愛らしい鳴き声にゼスタが足下に目を向けると、彼の足下にも1匹三毛猫がいました。
「なんだお前、マタタビより俺が好きか? 可愛いな〜」
その猫の首には、水仙の首輪がついています。
ひょいっと抱き上げて指で喉を撫でた後、ゼスタは子猫を床に下します。
「仕事中だから、また後で来な。たっぷり可愛がってやるぜ」
「みー……」
すがるような目で、子猫はゼスタを見詰めた後、とぼとぼと外の方へと歩いていきました。
「かわいそうに、こんなに小さいのに。ほら食えよ」
駐車場に集まっている野良猫、野良犬達に、王 大鋸(わん・だーじゅ)が餌をあげています。
「野良猫、野良犬にエサをあげないでくださーい。お客も住民も糞害で憤慨していまーす」
そこに、美化活動を手伝っている熾月 瑛菜(しづき・えいな)が、預かったコリーの子犬と共に近づいてきました。
「ヤベェ! お前達も逃げろよ。またな!」
大鋸は、足で車の下に餌を隠すと、その場から逃げ出しました。
「ん? あー、また少し目を離してた隙に、誰か餌をやったな! もう、わんにゃん展示場に連れて行ったり、隣の『パラミタの動物たちと触れ合うコーナー』に行けば、普通に餌をあげることもできるのに」
食べかすには鴉が群がってきます。
「なんか今日は、野良猫、野良犬、それから鴉が異様に多いよな」
瑛菜はため息をつきながら、散らばっている食べかすを片付けていきます。
「汚れちゃったなー。今日は夕立があるって話だし、その前に切り上げて一緒にシャワー浴びような!」
「ワンワンッ!!」
鴉の糞の害に合った客も多く、今日はシャワールームが混雑しています。
○ ○ ○
「ようこそ、わんにゃん展示場へ!」
わんにゃん展示場で来客を笑顔で迎え入れているのは
リーア・エルレンという、魔女の少女です。
彼女はイルミンスールで講師をしていたこともあり、
アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)とは旧知の間柄です。
エリュシオンと和平が結ばれたことで、少しだけエリュシオンから魔法知識も得られるようになりました。
新たな知識で作り出した薬を、リーアは訪れた協力者に渡しています。
それは、好みの子猫、子犬に変身する薬です。
「訪れる人達を、和ませてあげてね。展示用の写真も足りないから協力してくれると嬉しいわ」
ただし、やましい気持ちを持ってその薬を飲んだ人は、鴉になってしまうのです!
鴉から元の姿に戻るには、同じように薬で変身をした猫か犬の毛を食べる必要があります。