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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories

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酷なるは運命。果たせるかな、また一つ、悲劇が幕を開けた……
シナリオ名:【Tears of Fate】part1: Lost in Memories / 担当マスター: 桂木京介

 空京大学の研究員ジム・オーソンは、ころりと丸い風貌と分厚い眼鏡、草をはむ羊のようにもそもそとした話し方で知られています。
 薄汚れた白衣やもじゃもじゃの髪型、しわだらけのネクタイ、しかも、このネクタイでしばしば眼鏡を拭くという癖もあって、門外漢からすればどう見ても、うだつのあがらない研究員でしかない彼なのですが、その実、オーソンは米国の二つの大学で博士号を取得し、地道ながら着実な研究成果を挙げつづけてきた機晶工学のエキスパートなのです。
 この日は休日であるにもかかわらず、どうしても気になることがあってオーソンは研究室に入っていました。
 調査対象は、『クランジ』とされる機晶姫の残骸です。
 残骸というにも酷い代物でした。断片的なパーツにすぎません。部品のようなものもあれば、外装の一部もありますが、いずれも損傷が激しく、数も決して多くはありませんでした。
 これらは一年以上前、塵殺寺院の兵器工場で回収されたもので、『後期型』と呼ばれるクランジの残骸です。
 ひとつは、クランジΧ(カイ)
 もうひとつは、クランジΨ(サイ)
 どちらの機晶姫も自爆して消滅したので、残存している部分はほとんとないのです。
 オーソンはかなり前からこれらの調査を希望していましたが、東西シャンバラの分裂などさまざまな政治的経緯もあって交渉は難航、結局、教導団保有の残骸を受け取ることができたのはごく最近のことでした。
 これらパーツに対しては既に、教導団が独自で調査を重ねています。実際、オーソンが調べても、当初は目新しい発見はありませんでした。
 しかし、じっくり調べているうち彼の頭には、ある疑念がわいてきたのです。
 最初、それはごく小さな疑念でした。たとえるならば大平原を歩むアリ一匹のような。
 ところがそのアリは、時間を経るごとに数を増していきました。一匹が二匹、二匹が四匹、八匹が十六匹……まるで倍々ゲームです。昨日遅く、オーソンが帰宅してベッドに入った時には、疑念という名のアリは、もう無視できないほどの真っ黒な集団になっていました。上空から空撮してもそれとわかるほどに、です。
 頭を悩ませるあまり一睡もできぬまま、ドクターオーソンはこの日、朝一番に研究室に飛び込んだのです。
「……!」
 震える手でネクタイをひきちぎるようにして取ると、オーソンはカサカサの布で眼鏡の脂を拭き取りました。
 しかしその目は、Ψ(サイ)のものとされる残骸に向けられたままです。微動だにしません。
 彼の疑念は確信に変わっていました。
「機晶姫の外装……じゃない……!」
 クランジ『タイプII』『同III』と違い、『後期型』クランジは人間に似せたロボットのようなものとされていました。皮膚も人工皮膚だと。
 しかしオーソンが目にしているのはあきらかに人間の皮膚片でした。乾燥ワカメのように黒ずみ、乾ききっていますが、彼の計算結果に間違いはありませんでした。
 誰もがクランジの機械部分にしか注目しなかったのです。ほんの二ミリ四方の破片だから、見落としていたのです。
 皮膚片に込められていたDNA情報は、雄弁なまでに残酷な事実を語りました。
 その人間というのは――。

 **************

 ここはイルミンスール魔法学校――その校長室です。
 窓の外は秋晴れ。これを背にしたまま、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は目を丸くしていました。
 それはミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)にしたところで同様です。
「……元気してたですかぁ?」
 と言うのがエリザベートには精一杯で、ミーミルも、訊きたいことは山ほどあるのに、どれから話したらいいのかわからないとでも言いたげな表情をしていました。
 元気です、とも、そうでもないです、とも答えず、彼女は薄笑みを浮かべています。
 小山内 南(おさない・みなみ)、イルミンスールの生徒です。エリザベートとも個人的に親しく、これまで何度も、色々なイベントや遊びに同行してきました。
 その小山内南が現在、まるで幽霊のような姿で立っているのです。
 生気がありません。伸びた前髪が、眉の下まで垂れ下がっています。どこか、疲れたような顔色でした。
 南が学校に顔を見せなくなってから数ヶ月が経ちます。
 ――急に行方不明になったわけではありません。七夕の前後から休みがちになり、いつの間にかフェードアウトしていくように姿を消したのです。
 色々な憶測が流れました。修行の旅に出た、悪い男に引っかかった、故郷に還った……いずれも噂の域を出ないものではありましたが、大切な教え子の消息です、エリザベートは八方手をつくして南を探しつつ、胸を痛めていたものです。
 それがこの日、南は出し抜けに校長室を訪問したのでした。
 しかしその南ですが、今日は様子が変です。
 エリザベートたちとの再会を特に喜ぶでもなく、なかば瞼の下りた目で、気怠げに二人を見ています。
 器に盛りすぎた冷めたスープが、とろりとこぼれるような口調で南は言いました。
「お二人にご紹介します……。初公開、私のパートナー、『カースケ』です」
 彼女は両手で、赤ん坊ほどの大きさした緑色したものを抱いていました。
 カエルのぬいぐるみのようです。
 それにしても奇怪な人形です。左右の目は不均衡にして不釣り合い、しかもそれぞれ逆方向を向いています。
 だらしなく開いたカエルの口からは、そこだけやけに鮮やかな桃色の舌がのぞいています。
「可愛いでしょう?」
 南はエリザベートに目をやりつつ、その背後の秋空を見るような目つきで口の端をつり上げました。
 奇妙です。
 南はこのカエル――らしきものをパートナーと呼びました。ゆる族だとでも言うのでしょうか。
 しかしどう見ても、このカエルは生きていません。ただのぬいぐるみです。
 気味の悪いぬいぐるみです。
 そして、
「いなかったんです」
 大切なことを思い出した、とでも言いたげな口調で彼女は続けました。
「『カースケ』なんて、本当はいなかったんです」
 南の両眼に涙が溢れるのをミーミルは見ました。
 つうっとその涙が雫となってこぼれた次の瞬間、
「本当はいないんです! いると信じ込んでいただけなんです……私にはパートナーなんてい最初からいなかった。だってそれは私が地球人じゃないから!
 南の絶叫と、
「お母さん危ない!」
 ミーミルが飛び出すのは同時でした。
 小山内南は『カースケ』のはらわたに手をつっこみ、そこから銀色のナイフを取り出すや投げていました。
 鋭い陽光のような刃の軌跡が、エリザベートの眉間に向かっていました。
 ミーミルが飛び出していなければどうなっていたことでしょう。
 反射的に彼女が、エリザベートを突き飛ばしていなければ。
「本当に南さんなんですかっ!?」
 エリザベートは青ざめ、泣き出しそうな顔で叫びました。
 ナイフは、びぃん、と壁に突き刺さりました。柄のあたりまで刺さっています。
「私は小山内南であって小山内南ではない……本当の南はクランジΨとして、塵殺寺院の工場で爆(は)ぜました!」
 南は振り返ると真っ赤な唇で笑いました。
「じゃああなたは誰なんですか!」
 呆然とするエリザベートを抱き起こし、ミーミルは背中から校長室の本棚に体当たりしました。
「コードネームC・U・R・N・G・E。個体名、Σ(シグマ)。我々は我々のための世界を築かねばなりません……その為には既成の権威、権力……そういったものを破壊し尽くし混沌の世を出現させなければならないのです。だからエリザベート校長、あなたには、死んでもらいます」
 ぐるりと本棚が回転しました。仕掛け扉になっていたのです。
 ミーミルの問いは逃げる時間を稼ぐためのもの――それに気づいたのでしょう、南、いやクランジΣ(シグマ)は怒声を発して壁を蹴りつけました。
 追っ手を防ぐためのものです。反対側からはこの仕掛け扉は開きません。
 といっても、クランジが相手であれば防壁が破れるのも時間の問題でしょうけれど。

「南ちゃんが……南ちゃんが……」
 震えるエリザベートを抱きしめ、暗い通路を走りながらミーミルは唇を噛みました。本当は弱音を吐きたい、けれど、今の自分にそれは許されない。
「お母さん、そのことは……後で考えましょう……」
 今は逃げなきゃ、とミーミルは行く手を見据えました。
 校長室に用意された緊急脱出路、それは、イルミンスールの大図書室奥部へとつながっていました。

 **************

「ひとーつ」
 大図書室、奥部。
 イルミンスールの大図書館は巨大迷路であり、未だその全貌を知る者はないと言われています。
 奥へ進むほどその道は複雑化し、いくつもの隠し部屋や罠が待ち受けているといいます。謎の生物や怪現象の存在も噂されています。
 そのうちいくつかはデマですが、そのいくつかは、噂以上の規模で真実のようです。
 ここにも一人、『魔物』がおりました。
 古書独特の革と紙の匂い、これをまるで森林の清涼なる空気のように吸い込み、クランジΘ(シータ)は笑みを浮かべました。
 理知的で気高く、冷たい雰囲気のある女性です。眼鏡の下には翠色の瞳を宿し、その奥に、猫の目のように縦長の瞳孔を有しています、虹彩の中に何か、黒いものが動いているのは錯覚でしょうか。
 衣装は、濃い紫色の細身のスーツ。細く白い首を蝶ネクタイで飾っています。限りなく赤に近い栗毛を、アップにして頭の後ろで束ねているようです。
 シータは年代ものの椅子に腰掛け、コーヒーテーブルほどの大きさの卓に、骨董品のようなチェス盤を展開していました。
 対戦相手はいません。シータは独りです。
 彼女は白のキングを手に取りました。これを右に二マス進めます。
 そしてルークを、キングが通過してきたマスに置きました。
「とりあえず、定石のキャスリングが成ったわけだ」
 大理石で出来た駒が、かちりと冴えた音を立てました。
「さて、エリザベート・ワルプルギス、次はどう出る……? 早くポーンやナイトを動かさないと、この程度の防御、あっという間に破られてしまうよ……」
 独言しながらシータは次に、指先で黒のビショップに触れたのです。

 **************

 サイレンの音に身をすくませ、クランジ パイ(くらんじ・ぱい)(Π)は足を止めました。
「非常警報!? もう行動に移ったというの……!」
 その姿は黄金の子リスのようです。小柄で、愛らしくて、しかも素早い。
 しかしパイを子リス扱いする者は、彼女の真の姿は凶暴なバンシーであることを知るでしょう。
 クランジΠ(パイ)は殺人兵器、彼女の叫び声は超音波となり、重いものであろうと軽々吹き飛ばすのです。
 まあ、フランス人形みたいなパイの外観からは、そうそうその恐ろしさはうかがえないのですが。
 パイもイルミンスールの敷地に入り込んでいます。警備をやり過ごしつつ、その足は大図書館の方面に向かっていました。
(「国軍も動き出しているみたい…………シグマの情報が広まったのか……それとも……?」)
 どこかでくすねてきたのでしょう、パイはビーフジャーキーを口の端から覗かせています。
 けれど彼女が『くすねて』きたのは牛肉の燻製にとどまらないのです。
(「あいつがここにいる……止めなきゃ」)
 ある情報をつかみ、パイはこの地に降り立ったのでした。
 イルミンスールに利するいわれはない、けれど契約者たちには借りがある――塵殺寺院の妨害をすることが、パイなりの借りの返し方なのです。
 図書館の受付までたどりつくと、『緊急』の警報に怖れをなしたのか、それとも非常時にはそれぞれの役割行動が決められているのか、大多数の係員は姿を消していました。
 好都合、とばかりにパイはカウンターを乗り越えました。一般書架には用がありません。目指すは大図書館の名にふさわしい書庫です。
「この先は、一般の方の立ち入りは禁止させて頂いております」
 そのときパイの前に、いかにも堅物そうな中年女性の司書が立ちはだかりました。いささか残念な肥満体型、地味な服に地味な眼鏡、おまけに地味な髪型です。
「どいて」
 パイは司書を一顧だにせず、片手で彼女を突き飛ばしました。
 軽く押しただけなのに盛大な音を立て、予約図書の棚に司書はつっこみ、なんとも無様に転びました。
 パイは無論、振り返りませんでした。するりと書庫に忍び込みます。
 もう少し、パイが注意深ければ、あるいは、司書のことを気にする心の余裕があれば、気づくことができたかもしれません。
 書棚から立ち上がった司書が、いつの間にか黒髪の少女に姿を変えていたことに。
 少女の口元は凛として美しく、黄金の半仮面の下の目も涼やかで印象的なものでした。


 ###############


 複数のシナリオにまたがって展開したひとつの潮流が、終焉に向けて動き始めます。
 テーマは塵殺寺院の機晶姫ことクランジ。舞台はイルミンスールの大図書館。
 幻のクランジΣ(シグマ)はエリザベートの命を狙い、
 これを止めるべくΠ(パイ)も図書館に向かいます。
 しかしパイの無防備な背を、変幻自在のクランジことΚ(カッパ)がすでに捉えていました。
 一方でΘ(シータ)はすでに図書館に居り、謎の笑みを浮かべているのです。
 あなたはクランジの誰かに縁があるのかもしれませんし、
 イルミンスールの生徒としてこの危機に駆けつけたのかもしれません。
 オーソンの報告から『小山内南』の正体を知り、これを追っているメンバーということもありえます。
 学究の徒として、図書館に籠もっていたところ偶然、事件に巻き込まれたという事態もあるでしょう。

 いずれにせよあなたの行動が、この物語の展開と結末を決めるということはいうまでもありません。


担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 読んでいただきありがとうございました。マスターの桂木京介です。
 これまで展開してきた『クランジ編』に一段落つけるためのシナリオです。桂木京介、初のキャンペーンシナリオ(前後編)となります。

 迷宮のようなイルミンスール大図書室を舞台に、南とエリザベート、そして契約者たちの追走劇が幕を開けました。
 クランジΣを追うというメインの物語とは別に、姿を見せたΘとの闘い、独自の行動を取るクランジΠ(パイ)の参戦など、これまでのシナリオで積み上げてきたクランジたちとの対立ないし協力を主軸にシナリオは展開します。

 どの学校の所属でも参加可能です。
 イルミンスール生なら直接、他校生なら『小山内南=クランジ』という情報によって出動要請がかけられたことをきっかけに参加するという流れになるかと思われます。

 ※今回、残念ながらユマ・ユウヅキ(クランジΥ)とローラ(クランジΡ)は出ません。『会いに行く』というアクションをかけていただいても、殆ど活かせないと思います。すいません。


■簡単ながら……これまでの流れ■
 古い話ですが、シナリオ『ラビリンス・オブ・スティール〜鋼魔宮』が物語の発端でした。
 あの冒頭で小山内南が、塵殺寺院に捕らわれたことを記憶している方も多いのではないでしょうか。
 そしてあのシナリオ内で、『小山内南そっくり』のクランジが現れたことも、ご記憶にあればありがたく思います。

 シナリオ『Zanna Bianca』『同II(ドゥーエ)』では、クランジΠ、Κが登場しました。
 連続したこの事件でパイは塵殺寺院から離脱、カッパはその能力の特徴と弱点を発見されています。

 シナリオガイドには直接登場していませんが、シナリオ『ハート・オブ・グリーン』から続く展開も一部盛り込む予定です。

 とはいえ、いずれの話も知らなくても参加・活躍できるシナリオにするつもりです。
 クランジという『べらぼうに強い機晶姫』とどう戦うか、といったところに楽しみ方を見出していただけたら……と思っています。


■主な敵■
 クランジΣ……小山内南の記憶を植え付けられていたクランジ。覚醒しエリザベートを狙う。
 クランジΚ……姿を変えることのできる暗殺者。
 クランジΘ……能力不明。図書館のどこかにいて何か画策しているようです。
 量産型クランジ……両手に一本ずつの電磁鞭を持ったアンドロイドのような存在。髪の毛は生えておらずマネキンのようです。意志も感情もなく、大量に出現して戦いを挑んできます。


■特別ルール・大黒美空■
 今回のシナリオには、シナリオガイドに登場したクランジの他に、クランジΟΞ(オングロンクス)も登場する予定があります。
 オングロンクスは別名を大黒美空(おぐろ・みく)といい、やはり独自の目的を持って行動します。
 彼女は、自分と深い関係にある人間ではない者の前に姿をあらわし協力を申し出るでしょう。逆に、他のシナリオで行動を共にしていたような『親しい』キャラクターからは身を隠します。
 オングロンクスとは知り合いではない、見たことははあるがほとんど話したこともないというMCであれば、オングロンクスが共闘をもちかけてくるかもしれません。
 それをあらかじめ想定したアクションをかけてくれた人を優先で、オングロンクスとの遭遇・協同パートを描く予定です。(誰もいなければこちらで選びます。逆に、多ければ選択させていただくかもしれません)


 以上、今回も皆さんのアクションに込められた『想い』をできるだけリアクションに反映させたく思っております。
 普段のシナリオに比べれば少々とっつきにくいお話かもしれませんが、もちろん初心者の方も歓迎です。
 皆様のご参加、楽しみにお待ち申し上げております。
 桂木京介でした。

▼サンプルアクション

・小山内南を倒し、捕獲する。

・エリザベートとミーミルを救出する。

・図書館の侵入者を撃退する。

・マッピングとルート確保で味方をフォローする。

▼予約受付締切日 (既に締切を迎えました)

2011年11月17日10:30まで

▼参加者募集締切日(既に締切を迎えました)

2011年11月18日10:30まで

▼アクション締切日(既に締切を迎えました)

2011年11月22日10:30まで

▼リアクション公開予定日(現在公開中です)

2011年12月12日


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