「ふぁ……はくしゅん!」
大きなくしゃみが部屋中に響き渡りました。
ここはイルミンスールの校長室。
この部屋の主、エリザベート・ワルプルギスはちーん、と鼻をかんでいました。
「むぅ……くしゃみと鼻水が止まらないのですぅ…」
「ふむ、風邪でもひいたかのぅ…」
傍らに立つアーデルハイト・ワルプルギスがエリザベートの額に手をあて、熱を測ります。
「……む……熱はないようじゃな…じゃが…」
「なんだか目もかゆくなってきたですぅ…」
ごしごし……と目をこするエリザベート。
「未知の病やもしれぬ……念の為、今日の所は休養を取った方が良いじゃろう……ちと調べてみるか……」
そう言うと、アーデルハイトは部屋を出て行った、図書室で書物を漁るつもりのようです。
「くしゅん! ……はやくなんとかするのですぅ……」
くしゃみをしながら、いそいそとパジャマに着替えるエリザベートでした。
一方、学園の外では……異様な光景が広がっていました。
「おい、あっちの空……黄色くないか?」
「本当だ、いったい何が……ふぁ、はくしょん!」
「おいおい、風邪でもひい……くしゅん!」
見ると、あちこちで人々がくしゃみをしています。
そして空は、どんどん黄色さを増していきました。
「いったい何が起きているん……はくしょい!」
すでに周囲はパニックです。
……と、そこへパラミタ人の老人がうーんと唸りながら呟きました。
「やれやれ…今年はよく降ったからのぅ…すごいことになりそうじゃわい」
「ご老体、あれが何かご存知なので…はくしょん!」
「あれはじゃな、花粉なんじゃよ」
「花粉?!」
……そう、今年は気候に恵まれた為、森にたくさん生えているパラミタ杉の花が一斉に花粉を飛ばしているのでした。
「みんな早く家に帰った方がええ……花粉の本番はまだこれからじゃからな……これはえらいことになるぞ」
そう言い残すと老人は、いそいそと家に帰っていきました。
……そして
大量の花粉によって地面が黄色くなってきた頃……それは起こりました。
「うわ…足下がベトベトするアルナ…」
「ユー、語尾がエセ中国風になっているデース」
「そういうアナタも口調が外人風アルヨ」
「これへ…ど、どうなっていやがるでございますか?」
パラミタ杉の花粉は言語中枢に影響をもたらすのか、花粉を吸った人間達は、言葉が滅茶苦茶になっていました。
それだけではありません。
こちらでは、一人の女性がおもむろに服を脱ぎだしています。
「せ、先輩? な、何をしているんですか!」
「だって、暑いんだもの……」
「そういえば確かに……暑い……あぁ、とても服なんて着てられない……」
どうやらこの花粉には、体感温度をおかしくする効果もあるようです。
外を歩く人々の中には暑さに耐えきれず、下着姿になっていく者も少なくありません。
「誰でも良い、この花粉をなんとかしてクダサーイ」
「ダメアル! 大自然の意思には逆らわず、このまま下着姿を楽しむべきアルヨ!」
「後半が本音デスネ! そんなのイケマセーン!」
……そうこうしているうちに、パラミタ杉の花粉はザンスカール一帯に蔓延し、各地で大惨事となったのでした。
そして……アーデルハイトはというと……
「な、なんということじゃ……」
……呆然と立ち尽くしていました。
その手には一冊の書物……開かれたそのページには、こう書かれていました。
『コッポルン病……致死率100%、確実に死に至らしめる恐ろしい病』と……
「こ、こうしてはおれん、早く治療法を見つけねばエリザベートが! それも、本人にバレぬよう、密かに調べねばならぬな……」
いつになく真剣な表情を浮かべるアーデルハイト。
すっかり別の病気と勘違いしていました。