「今日も良いお天気です」
蒼空学園。園芸部の花壇に向かう春川 雛子の足取りはとても軽やかでした。
ここのところの天気で、花壇はキレイな花であふれています。
入学した頃には考えられなかった光景が、嬉しいのです。
「それで、例の装置はどうですか?」
「今のところは何とも……でも、確かに花の成長とか色つやは普通より良い、ような気はします」
「そうですか。これはもしかするかもしれませんね」
隣を歩くクロード先生は、フィールドワーク中心の蒼空学園の教師です。
遺跡で色々なモノを発掘したり、研究しています。
そんなクロード先生が先日、持ち込んだのが『植物の育成を促す』と思われる装置でした。
土地の活性化を促すとか精霊の助力を得るとか、その詳細と真偽を検証する為、数日前から園芸部の花壇に設置されていました。
「本当にそういう効果があったら、ステキですね。砂漠とか植物が育ちにくい所にも花を咲かせる事が出来るかもしれませんし」
「そうですね。とはいえ、焦らずしっかり調査しなければ、ですが」
「あ……先生、あの装置って植物にしか影響、ありませんか?」
雛子の脳裏をふと過ぎったのは、最近見かける猫さんでした。
学校にノラっぽい猫がいるのはどうかと思わないでもないのですが、子供を産んだばかりの彼女たちを追いだすのは心苦しく。
だけど、装置が猫親子に悪影響を及ぼすなら、そうも言っていられません。
「大丈夫、あれは人間や動物には何の影響もないです、植物だけですよ」
そんな風にクロード先生と話ながら花壇にやってきた雛子は、
「……陸斗先輩ってホント、カッコいい!」
聞こえてきた聞き覚えのない声に、小首を傾げました。
その瞳が捉えたのは、同じ園芸部員である井上 陸斗と新入生らしい少女の姿でした……随分と距離の近い。
正しく迫られていた陸斗は、そんな雛子に気づき、
「ち……違うんだ」
開口一番、言い訳しました。
陸斗は雛子に思いを寄せているものの、生来の不幸体質やらヘタレ具合やら間の悪さで、未だおおおおおおおおおお付き合い、なるものに発展しておらず。
雛子の天然っぷりもあって、どこまでも平行線をたどり幾年月。
今も、キョトンとしている雛子に何やら絶望的な気持ちになりながらも、必死に誤解を解こうとしました。
そこからは、何やらコントのようでした。
あわあわと慌てる陸斗は、新入生から離れようと一歩下がり。
その足がたまたま、そこを通りがかった母猫の尻尾を踏みつけ。
「ふぎゃ」と飛びあがった母猫が偶然、件の装置にぶつかり。
倒れた装置のレバーが、ガゴンと思いっきり動いて。
「……あ」
「え……?」
途端、装置を中心に異変が起こってしまったのです。
盛り上がる大地から突き出た、蠢く木の根。
めちゃくちゃに伸び出した枝、花の茎や葉。
鞭のようにしなる、植物の蔓。
「ひゃあぁぁぁぁぁぁっ」「きゃあぁぁぁぁぁぁっ」
巻き込まれた生徒達の、悲鳴が上がりました。
それはほぼ中心地にいた陸斗達も当然、無関係ではなく。
「陸斗くんっ!」
一気に伸びた蔓のようなモノに身体を拘束された陸斗に、雛子の悲鳴が上がりました。
が。
「やだ、陸斗先輩ったら、ドコ触ってるんですか♪」
「いっいや、ちょっ……離れ……」
「………………まぁ楽しそうな陸斗くんは放っておいて。先生、猫さん達が大ピンチです」
陸斗から視線を外し、枝に引っ掛かった猫たちを案じる雛子。
母猫も勿論ですが、子猫達は今にもつぶされてしまいそうです。
返ってきたクロード先生の声は、予想以上に焦ったものでした。
「皆さんを助けるのも勿論ですが、このまま時間が経てばこの辺りの大地の力が枯渇してしまいます」
それは、ようやく花を咲かせるようになったこの場所がまた不毛の土地に戻ってしまうという事です。
「あの装置を止めれば良いんですか?」
「出来れば壊さず……レバーを戻せればいいのですが」
とはいえ、中心地は既に急成長した植物に覆われています。
一時の急激なそれは収まったものの、未だ植物の常ならぬ成長は続いています。
「……ちなみに大きくなった花達を元に戻す事は」
「巨大化したものを小さくする事は出来ないでしょう」
クロード先生の沈痛な声に雛子は項垂れ、それでも、このまま放っておく事は、事態をどんどん悪化させる事になります。
「とにかく、早く装置を……」
ブゥゥゥゥゥゥン。
言いかけた声は、不自然に止まりました。
正確には、止められました。
雛子の頭ほどもある蜂の、羽音によって。
「なっ、何で虫まで大きくなっているのですか?」
「いえそれはっ、分かりませんが……これは困りましたね」
蜂や団子虫、蝶やミミズといった虫達もまた徐々に巨大化していく様に、クロード先生は顔を引きつらせたのでした。