イルミンスールの町外れに建つ住人が次々と変死した伝説を持つ古城。
現在は城主に自宅兼研究所として使われています。
書斎。
「ササカ。だ、大丈夫だって今日中には渡せるから。忘れてないって。あたしの事よりも仕事に集中しなよ。じゃ」
城主である魔女のオルナは携帯電話の向こうにいる心配性で世話好きの親友に適当に答えてから切りました。
「……ヤバイよ。快眠香はどこに置いたっけ。完成したはずだけど」
オルナは困り顔で頭を掻きながらぶつぶつと呟き始めました。
快眠香とは、二週間前に寝付きが悪く困っている親友に頼まれ、三日前に完成した匂いを嗅げばすぐに眠りに落ちるという物です。しかし、どこにも見当たりません。
目の前に広がるのは、机や床に関係無く転がる妙な液体が入った瓶やら鉱物やら何を書いたのか分からない紙切れに本と膨らんだごみ袋ばかり。家中そんな有様です。その上、遠くから可愛らしい動物の鳴き声も聞こえて来ます。
「完成して……確かあのまま実験室にいや別の所だったかな。あーーー、どこに置いたっけ。部屋が多すぎだって」
オルナは困った時の癖なのかまたモシャモシャと頭を掻きながら忘れっぽい自分を恨みつつ城中の部屋を確認して回りました。
「……ここが当たりだといいんだ……な、なんか眠たく……」
汗だくになりながら辿り着いた実験室のドアを開けた途端、凄まじい異臭に吐き気を感じ口を塞ぐも異臭の次に溢れ出た優しい匂いでドアを開けたまま倒れて眠ってしまいました。どうやらふたをするべき薬品にふたをしていなかったため様々な匂いが混ざり合ってしまったようです。匂いは城中に充満していきました。
―――近所の雑貨店『ククト』。
「……依頼した物を聞いた時、おかしかったなぁ。あの子、悪筆で片付けが苦手で忘れん坊だし何か起こしてるかも。最近、忙しくて家に行ってないから部屋は凄まじい事になってそうだし何か嫌な予感がする。行ってみよう」
自身が経営する雑貨店のレジに立つ22歳のシャンバラ人の女性、ササカはオルナを心配し、突然店を閉めて様子を見に行く事に決めました。先ほどまで居座っていた眠気はどこかに行ってしまいました。
そして、オルナの家に着いたササカは何度か電話をしてみますが、
「……携帯に出ない。もしかして中で倒れてるんじゃ。私があんな事を頼んだから」
全く繋がりません。自分の依頼でこのような事態を招いたかもしれないと責任を感じ、顔色が蒼白になっていきます。こんな町外れではどんな異変が起きても誰も気付きません。
「とにかく誰か助けを呼ばないと。こんな大きな家を一人で捜すのは無理だし。全く、曰く付きで安いからってとんでもない物を買って」
携帯電話を片付けたササカはどう考えても人手が足りない現実に助けを呼ぶ事に決めました。少しだけとんでもない家を買った親友に悪態をついてから急ぎました。
親友がまだ無事できっと誰かが助けてくれると信じて。