――年が変わろうとしている時期。世間一般は年を越す準備等で追われる慌ただしい時期です。
しかし皆が皆そう言うわけではありません。中にはこの時期だろうと暇を持て余す者もいるのです。
天野 空も、その一人でした。
「うーん……暇だなぁ……」
特に目的も無く、何をしたものかと街をぶらぶらと歩いていました。
「……あれ?」
ふと、空はおかしな事に気付きます。先程まで慌ただしく小走りですれ違う人ばかりだったのが、突然誰も居なくなったのです。
「そこの貴女、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
空が道を歩いていると、黒いローブを被った怪しげな人物が声をかけてきました。
「……誰?」
訝しげに空が見ると、慌てた様子で怪しげな黒ローブは名刺を差し出してきました。
「あ、私怪しい者ではございません。ソウルアベレイターの阿部と申します。とあるナラカのテレビ局でプロデューサーなんかしていましてね」
「ナラカのテレビ局のプロデューサー……で、何の用?」
差し出された名刺を受取り、空が首を傾げます。名刺には【ナラカテレビ『キリングタイム』担当プロデューサー 阿部】と書かれていました
「宜しければテレビに出演してみませんか? お暇なようですし」
「確かに暇してるけど……ナラカのテレビ番組で何で私? それにこのキリングタイム? こんな番組知らないんだけど」
「ええ、これがちょっとばかし普通のテレビと違うのですよ……順を追って説明しますね」
そう言って阿部プロデューサーが語り始めます。
阿部がプロデューサーをしているテレビというのは、一般で放送はされていないソウルアベレイター向けの娯楽番組でした。
ナラカで暇を持て余した彼らにとって、このテレビは数少ない娯楽となっています。
出演者やスタッフもソウルアベレイター達で構成されていたのですが、最近色々あったせいか出演者が激減。視聴率が下がり始めてしまいました。
このままでは番組存続の危機と考え、番組向けの方をスカウトしているというのです。
「勿論報酬は払います。いかがでしょうか?」
少し考える素振りを空は見せますが、「暇だし、いいか」と空は了承します。
「おお! ありがとうございます! それでは早速……」
そう言って阿部プロデューサーが指を鳴らすと、
「え?」
空の足元の地面が消え、大きな穴が出来上がりました。
そのまま悲鳴を上げる暇もなく落下したかと思うと、すぐに何かやわらかいクッションに着地します。
「あーびっくり……おー……」
空の目の前に広がった光景は、テレビスタジオでした。
スタジオは沸き立つ観客と慌ただしく動き回るスタッフ、そして戸惑いを隠せない参加者であろう者達がいました。
「いやー良かった。これで番組が作れますよ」
いつの間にか横に立っていた阿部プロデューサーが嬉しそうに言います。
「あ、ところでテレビに出るって言うけど、具体的に何するの?」
「ああ、申し訳ありません説明していませんでしたね。何簡単なお仕事ですよ」
阿部プロデューサーは笑顔で言いました。
「ちょっと、人を殺してもらうだけです」
「……え?」
「……まあそれが普通の反応ですよね。詳しく説明します」
番組の視聴者というのは、ソウルアベレイターの中でもかなり悪趣味な面々であります。
長い時を生き過ぎた彼らの精神は最早正常ではなく、生半可な事では満足できません。
求めているのは残酷、派手、暴力、狂気、苦悩、卑猥……そのような物ばかりです。
そこで生まれたのが、参加者と標的となる者を暇つぶしの為に殺し合わせるバラエティ番組【キリングタイム】でした。
「で、今回は皆さんに標的となる方々と殺し合ってもらいます。これが標的です。この方々も暇を持て余していたので参加していただきました」
そう言って阿部プロデューサーが差し出したのは、顔写真と経歴が描かれた紙でした。
標的の名前は天野 翼、和泉 空。更に標的を守る護衛者達もいるようで、その者達の事も描かれています。
「この方々を殺す過程で視聴者を盛り上げて視聴率を上げてください。一番の目的は視聴率ですね。これを忘れないでくださいよ」
「ねえ、質問していい?」
「どうぞ……ああ、出演拒否ならできませんが?」
「違う違う。これって向こうも抵抗してくるよね? これでこっちが死んだ場合ってどうなるの?」
「ああ、御安心ください。死んでもこちらで用意した腕の立つ医師がいますので、心置きなく殺し殺されて下さい」
その答えに「そっか」と空が答えます。この異常な状況で、平然とした様子に阿部プロデューサーは少し驚いた顔を見せます。
(ふむ……この少女、参加を拒否する役目でスカウトしたんですが意外とやる気ですね……こりゃ面白くなるかもしれませんね)
顎に手を当て、考える阿部プロデューサーでしたが、やがて何か思いついたように観客席へと向き直ります。
「……さて、皆様お待たせいたしました! ここに集まりし参加者は皆地上の住人! 標的も地上の者という特殊なシチュエーション! 今宵はいつもと違うこの番組、一瞬たりとも見逃すな! シーズン134、キリングタイム……間もなく開始です!」