何が真実で、何が嘘なのだろう。
彼女は久々の空を見上げながら、そんなことを考えました。
(……そういえば、この空は偽ものでした)
「お嬢」
声に、彼女は目の前の部下へと視線を落としました。そこにはたくさんの、彼女を心配する目がありました。
ずっと。子どもの頃から彼女を見守ってきてくれた目。優しくて、温かくて、信頼できる……。
――本当に?
あの日。彼女の父が、母が、そして彼女自身が襲撃された日。
彼女の父親は、とある人物と秘密の会合を行っていたらしいのです。日時や場所、会合内容を知っていたのは、組の中でもほとんどいません。この中にいる者では、最古参のヤスぐらいでしょう。
両親だけでなく、あの日は多くの構成員が亡くなった日でもあります。
もしかしたらこの中に裏切り者がいるのか……考えようとして、彼女は首を横に振りました。
(もう……どうでもいいことです)
どうでもいいと諦めることで、彼女は疑う気持ちを封じました。信頼している存在を疑う苦しさ。その疑いが真実だった悲しみを、彼女は知っているからです。もうそんな苦痛はたくさんでした。
部下達に何か言葉を返すことなく、彼女は歩き始めます。部下達は、ただ悲しそうにその背を見つめ、ゆっくりとついていきました。
そしてその日。久々に自分のベッドに横になった彼女は、懐かしい夢を見ました。
『ねぇ、お父さん。おにーちゃんは、次いつ来るの?』
『んぁっ? ハーリーも忙しいからな』
『えーっ』
『……はぁ。分かった、今度の日曜に連れてきてやるよ』
『ほんとっ? やったー』
『ふふ、美咲は本当におにーちゃんっ子ねぇ』
優しく、温かい想い出。
ああ、なんて懐かしい。
そうだ。懐かしいといえば、
「教えて、おねえちゃん。私はどうすればいいんですか?」
答えは、ない。
* * *
本当にこれでよかったのだろうか。
彼はずっとそんなことを考えていました。いまさらどうしようもないと分かっているのに。
「うっぐ」
ふいに彼の口から苦痛の声が漏れます。精神的だけでなく、身体的にも限界が来ているのを彼は自覚していました。
時間がないことも。
「もっと時間があれば……いや、あんたの娘だ。きっと大丈夫だろう」
机の上に置かれた写真に微笑みました。そこにはごつい顔をだらしなく緩めた男性と、優しげな女性と、一人の少女と……若い頃の彼が映っていました。彼は、そんな自身を見て可笑しくなりました。
「わるいな、くそジジイ。俺は、結局あんたらを利用しなきゃなんにもできない男にしかなれなかったよ」
『今に見てろ。お前なんかの力がなくたって、自分でなんでもできる男になってやるからな!』
ああ、滑稽だ。
顔の上半分を手で覆った彼は、肩を震わせました。
その震えが何を意味していたのか。彼自身にも良く分かりませんでした。
* * *
ああ、楽しみだ。
『その瞬間』を夢見て、彼女の身体が震えました。
すべてを知った瞬間、少女はどんな顔をしてくれるだろう。そんな少女を見た彼はどんな顔をするだろう。そんな少女を殺したら、彼はどんな顔をするだろう。
ああ、ああ、楽しみで仕方ない。
『あらお嬢さん。随分と嬉しそうね。何かいいことあったの?』
ふと思い出すのは、幼い少女の無邪気な笑み。
『うん! えっとね。こんどのにちようび、おにいちゃんがきてくれるの』
『そう。それは……「今度の日曜日が楽しみね」』
その日、私は欲しいものを手にするだろう。
彼女は、とても無邪気な笑みで、その日を楽しみにしていました。