シャンバラ教導団秘術科の研究室――
「これ以上は研究も限界です、本当は“時間魔法”そのものを失くしてしまった方が彼らの為にもなったかもしれないですが」
今は書物の形となってガラスケースの中で眠る魔道書『赤の書(ロート)』『青の書(ブラウ)』は解読する事によって得られる時間魔法を狙った赤の書の元契約者泰 龍千(たい ろうせん)の逮捕をきっかけに時間魔法を封印する研究が進められてきました。
「封印に至るにはまず解読してみなければその術を見つけられないようでした……その為二重三重に仕掛けられた暗号を解かなくてはなりません。仕掛け自体は単純なものだったのですが、赤の書と青の書が互いにリンクして知恵の輪のような……単純に見えて複雑な繋がりの暗号を解かなければ封印へ至るのは難しいかと」
金 鋭峰(じん・るいふぉん)も秘術科の研究者から報告を聞き、僅かに眉を寄せました。経過を報告する書類を読みながら鋭峰は暫く考える様子を見せ――
「だが、彼らに掛けられていた面倒な制約は解除出来たようだ。少なくとも自らの意志に反した使い方をされる心配は無くなったであろう……完全とは言えぬが、その繋がりを全て暴いてしまう方に危惧を感じるのでな。魔道書の2人を目覚めさせても良い頃であろう」
『外部からの命令によってのみ、力を行使する』
自分の意志で魔道書の力を奮えなかった赤の書と青の書でしたが、時間魔法の解読を試みていた過程でその制約を取り払う事に成功していました。
◇ ◇ ◇
「“時間魔法”の封印が君達の望みであっただろうが……」
「それはそうですが、僕達もう命令じゃなくても魔道書の力を使えるんですよね?」
「……? ああ、確かにそう言ったが」
やけに念を押してくる赤の書イーシャン・リードリットに鋭峰も首を傾げてしまいます。
「団長……あの制限を取っ払っちまった以上、俺達2人揃ってたら解読する間でもなく時間魔法を俺達自身の意志で使えちまうんだけど……?」
「……何?」
続けて、青の書シルヴァニー・リードリットの言葉に鋭峰も一瞬思考が固まるのでした。
今はもう『赤の書』『青の書』を記した著者は不明となっていますが“時間魔法”が生み出された事により、過去の改ざんや未来を知る事がないよう2冊に分けてそれぞれ暗号を仕掛けました。外部からの命令によってのみ力を行使するという制約が付けられたのもその為だったようです。
「でも、団長……心配すんな。使い所を間違えるような間抜けな事はしないぜ」
「間抜けかどうかは置いておいて、僕達もその位の分別はあります。時間魔法の行使が可能な事をお話した上で、僕達に使用の判断を任せては貰えませんか?」
鋭峰の執務室では、暫しの沈黙が流れました。
「時間魔法を、何に使うつもりがあるのだ?」
鋭峰の質問に、イーシャンとシルヴァニーは互いに顔を見合わせて理由を告げました。その理由とは――
◇ ◇ ◇
シャンバラ教導団からパラミタの各学校へ発信された1通の通信文には、ある風変りな体験旅行の案内が書かれていました。
『過去の思い出に浸りたい、未来がどうなっているのかを見てみたい、望む時間の旅へご案内致します。添付ファイルの申込書に必要事項を記入の上、シャンバラ教導団秘術科担当者まで申し込んで下さい』
簡潔な文章ではありましたが、イーシャンとシルヴァニーの名を伏せた形で時間魔法で過去や未来の追体験が出来る案内でした。
「僕達がこうしていられるのは、契約者の人達が居てくれたからだからね」
「ま、面倒かけた事の方が多いしなぁ……ちったあ恩返ししねえとさ」
軍事訓練に励む教導団員を眺めながら、イーシャンとシルヴァニーは契約者達の望みに想いを馳せるのでした。