それは毎朝恒例の教官会議でのこと。ある年嵩の教官が口を開きました。
「今年ももうすぐバレンタインがやってくるが」
他の教官たちも顔を上げ、苦笑を浮かべました。昨年の、或いはこれまでの人生経験で見てきた生徒たちの一喜一憂が思い出されます。が、すぐにその顔が硬直しました。
「今年はやらんのでもいいのではないかな?」
「……あの、やらんでもいい、とは?」
「そもそも戦場において恋愛感情は、任務の妨げになる。そうだろう?」
確かに同じ部隊での恋愛はご法度です。もし上官と部下が恋人であった場合、上官は非情な命令を下せず、部下は上官のために倫理を超えた行動を取りかねないからです。もっとも――、
「しかし、軍人同士の結婚はままあることです」
「だが結婚後は、別の部隊に配属される。今現在、生徒たちは皆、同じ部隊にいるようなものだ。実際、同じクラスで付き合っている者もいるだろう。まあ、そいつらを今すぐ別れさせろとまでは言わないが、これ以上増えたら訓練の妨げにもなりかねん」
その教官は、至極あっさりと言い切りました。
「軍人に恋愛は必要ない。従って、バレンタインなどという行事も必要ない」
それを聞いて怒ったのは、彼女のいる、或いは貰える当てのある所謂世間一般で「リア充」と呼ばれる生徒たちです。あげるほうの女子も、今年は気合を入れてケーキを作ろうと材料を買い揃えたのに、それを使うなと言われて納得いくはずもありません。
また、今現在彼女もおらず、従って貰える当てもないものの、「ひょっとして俺のことを陰から見守ってくれているコがいるかも……」と思ったりしている生徒たちも、年に一度の希望を奪われ、激高していました。
「横暴だ!」
「俺の夢と希望を!」
「俺の(今はまだいないけど)彼女を返せ!」
と、彼らは口々に訴えました。
しかし、全員が全員、そうだったわけではありません。
「残念だが、上官の命令は絶対だ」
彼女もいて、チョコを貰える予定もありながら、軍人としての本分を全うすべく、恋人にそう伝えた生徒がいました。何でもその彼女は、敬礼をして応えたとか涙を堪えていたという噂がありますがその辺は眉唾です。しかし、軍人の鑑だとこの話は評判になりました。
そんな恵まれた野郎は大嫌いだが、貰えると浮かれている連中はもっと嫌いだ! と心の中で叫んだのは、「非リア充」と呼ばれる者たちです。どうせ自分も貰えないのだから、いっそみんな同じ地獄へ引き摺り下ろしてやる! と彼らは思いました。
この二組は、バレンタイン廃止を声高に反対する生徒たちに向かってこう言いました。
「貴様らは軍人の本分を何と心得るか!」
反対派はこう答えました。
「俺たちは軍人である前に人間だ!」
どちらの言い分にも、一理あります。そして彼らは、決して退こうとはしませんでした。
このままでは、生徒間に意味のない争いが生まれてしまうと教官たちは危惧しました。そこで、そもそもの言いだしっぺの教官は考えました。
それならいっそ、これも訓練の一環にしてしまえばいい、と。
そこで改めて次の掲示が貼り出されました。
「来る二月三日節分の日、放課後。バレンタイン賛成組=鬼組と反対組=豆撒き組に別れ、豆鉄砲を使ったサバイバルゲームを執り行う。バレンタイン行事は、勝利側の意見を採用することとする」
なぜ節分? なぜ豆鉄砲? というか、なぜサバゲー?
という疑問の声もありましたが、とにもかくにもこの勝負に勝たなければ自分たちの未来はありません。
正々堂々、スキルを使いまくり、或いは闇討ちをし、己のアイデンティティーを勝ち取るため、生徒たちは立ち上がったのです!