百合園女学院

　――ヴァイシャリー。
　水の都を行き交う、百合園女学院の制服に身を包んだ少女達は、どこか浮き足立っています。
　３月１４日はホワイトデー。バレンタインデーの時にもらったチョコレートのお返しをする日です。校長の桜井　静香（さくらい・しずか）を始め、百合園女学院の生徒は日本人が多いことから、ホワイトデーの習慣もヴァイシャリーに自然と広まっています。
　ヴァイシャリーも通りに面したお菓子屋さんや食料品店から、キャンディーやクッキーの甘い香りが漂っています。
「……お返し、した方がいい……かな……？」
　百合園女学院の制服を着たパッフェル・シャウラ（ぱっふぇる・しゃうら）はそんな街並みを、左目を忙しく動かして見ながら歩いています。彼女は先日百合園女学院に転校したばかりで、まだヴァイシャリーの街に慣れていないこともあり、目に映るものが新鮮に見えます。
　いや、それだけではありません。今年のホワイトデーは自分も返す側だからかも知れません。
「パッフェル」
「……ティ、セラ……」
　そんな彼女を呼び止める声がありました。振り返るとそこにはティセラ・リーブラ（てぃせら・りーぶら）の姿がありました。
「探しましたわよ、パッフェル」
「……ごめんなさい……」
「どうして謝るのかしら？　わたくしはただあなたにこれを渡したかっただけですわ」
　そういうと、ティセラは可愛くリボンでラッピングされた小箱をパッフェルに手渡しました。
「……これは……」
「ホワイトデーのお返しですわ。料理をあなたに任せていたのが裏目に出ましたわね。苦労しましたわ」
　どうやら手作りのキャンディーのようです。見れば両手の指が絆創膏だらけです。
「それを渡したかっただけですわ。食すのは家に帰ってからにしてくださいましね」
　ティセラははにかむと、その表情を隠すかのように足早に去っていきました。

　パッフェルは彼女の言葉通り、百合園女学院の寮に戻ってからリボンを解いてラッピングを開け、キャンディーを取り出しました。確かに手作りらしい不揃いのキャンディーです。
「……む、胸が熱い……んっんっんっ……」
　ティセラのお手製キャンディーの１つを舐め終わると、胸の奥から大切な人の事を想う時のような熱と心地よい痛みが全身を駆け巡っていきました。
「……あ、うぅ……これは、あふぅ、呪縛！？　……魔眼が間に合わな……ま――！」
　パッフェルは自分の身体の異変に気付き、右目のゴスロリ眼帯を取ろうとしました。右目の魔眼にはあらゆる呪いを封じ込めることが出来るからです。
　しかし、それよりも速くリボンが彼女の身体に巻き付き、動きを封じていました。


「パッフェル、遊びに来たわよー！　後、あんたが置いてったエアーガンも持ってきたわよー！」
　セイニィ・アルギエバ（せいにぃ・あるぎえば）は百合園女学院の寮のパッフェルの部屋を訪れました。今まで彼女達はツァンダ家の別邸に一緒に住んでいましたが、パッフェルが突然百合園女学院の寮に引っ越したため、荷物、特に趣味関係のものが多く残されていました。
「パッフェルー、勝手に入らせてもらう――わよぉ！？」
　ノックをしても返事がありません。アポ無し出来たのですから、ちょっと席を外していて不在ということもあり得ます。鍵が掛かっていないので部屋に入りました。
　そこでセイニィは素っ頓狂な声を上げました。部屋にパッフェルは居らず、その代わりに彼女を象った等身大のキャンディーの像が佇んでいたからです。
　しかも部屋には甘ったるい香りが充満しています。
「うっ、何この臭い……このキャンディーからよね？　甘いし溶かしてもパッフェルの肌は出てこないし……本物のパッフェル！？　って、またなの！？　今度はキャンディー化する呪いなの！？」
　セイニィはクラクラする頭で状況を整理していました。
「甘いし……って、あたし、何で、パッフェルの髪にしゃぶり付いてるのよ！？　やばい、やばいわ、この呪い、本人だけじゃなく、周りにも影響を与えるみたい……ああ、あたし、そういう気ないのにパッフェルに無性にしゃぶりつきたい……くぅっ！」
　セイニィはまだ理性を保っているうちに、星双剣グレートキャッツを顕現させると、自らの太ももにその牙を突き立てました！
「あぐっ！　くふぅ！　これで何とか……パッフェル、ゴメン、髪の房が少しなくなっちゃったけど、チョコの時のように食べたり溶けたりしても、原形を留めていれば元に戻る前に飴で補強すれば大丈夫、よね？　十二星華に効く呪いは前より強化されてて、あたしでも気を抜くとむしゃぶりつきたくなってしまうわ。と、とにかくこの甘い臭いを何しかして、応援を呼ばなきゃ！！」
　落ち着いて冷静に物事が考えられるようになると、セイニィは窓を開けて一通り換気をしてからエアコンを冷房にしてパッフェル像が溶けるのを防ぎました。
　それから友達や知り合いに電話やメールをして、とにかく事情を話すことにしました。

　――ところが。
「なんてことなの！」
　セイニィですらその誘惑に抗えず、パッフェル像の髪を舐めてしまったくらいです。換気したと同時にその香りが外に出たため、たまたま近くを歩いていた百合園生数名が嗅いでしまい、パッフェル像にしゃぶりつこうと襲い掛かってきたのです！
　セイニィは手刀を叩き込んで気絶させましたが、迂闊に換気すら出来ないようです。


　――その頃。
「ティセラ様がわたくしに？　ありがとうございますわ！」
　泉　美緒（いずみ・みお）もまた、ティセラから綺麗にラッピングされた小箱を受け取っていました。
　美緒だけではありません。ティセラは各都市に現れ、ホワイトデーのお返しと称してこのキャンディー化してしまう呪いのキャンディーを贈っていました。


「バレンタインの時の鏖殺寺院謹製の呪いをもっと強化して、広範囲に影響を及ぼすようにしてみたけど、臭いを嗅いだだけでも常人なら影響を受けるようだね、まずは及第点かな。「清浄化」や「石を肉に」では戻らないし、前回のエリクシルでも戻らない。ボクの持ってるエリクシル・ソーマじゃないとね。後、呪いといったらお約束のアレだけど、こっちも今回はひと味違うよ」
　百合園女学院の寮の外でパッフェルの部屋の様子を伺っていたシャムシエル・サビク（しゃむしえる・さびく）は、その効果に満面の笑みを浮かべていました。彼女の傍らにはティセラの姿がありました。
「キミのクローンを残しておいて正解だったよ。ソーマはキミに預けておくから、もしボク達の事を嗅ぎ付けて奪いに来ることがあれば……レプリカだけど、そのビックディッパーで容赦なくぶったぎって良いよ」
「承知いたしましたわ！」

　初めまして、ゲームマスターの藤乃　葉名と申します。
　これからよろしくお願いいたします。

　このシナリオは瀬海緒つなぐマスターの『すいーと☆ぱにっく』の続編、というより、ホワイトデーバージョンになります。
　『すいーと☆ぱにっく』に参加されていない方は元より、参加されていた方も楽しめるようなっております。

　各都市でティセラ・クローンが「ホワイトデーのお返し」と称してお手製のキャンディーを配っており、それを最後まで食べるとキャンディーの像に変えられてしまう呪いが掛かっています。
　パッフェルや泉美緒を始め、数人から十数人単位でこの呪いに掛かってしまった人を助けるのが目的です。
　セイニィは学校を問わず片っ端から友達や知り合いに連絡を入れているので、「セイニィから連絡をもらった」といった理由で、学校に関係なくどなたでも参加できます。
　また、自分やパートナーにティセラからこのキャンディー渡されて、食べてしまいキャンディーの像に変わってしまったと巻き込まれるのもＯＫです。
　ちなみに、ティセラはロイヤルガードですので、面識が無くても「知っている」としていただいて構いません。

　セイニィは手分けして犯人（ティセラ・クローン）を捜します。
　ティセラ・クローンはホワイトデーの間はどこかの都市でこのキャンディーを配っていると思われます。

　キャンディーの像に変わってしまった人の取り扱いには注意してください。
　特に溶けたり、砕いたりしないよう注意が必要です。強度は普通のキャンディーと変わりません（チョコレートに比べるとかなり固いですが、逆に溶けやすくなっています）。
　また、くれぐれも食べないように！　舐めたり食べてしまうと、元に戻った時その部位は失われてしまいます。
　ただ、呪いで「無性にしゃぶりつきたくなる臭い」が発せられており、しかもかなり強化されていて広範囲に拡散するようです。セイニィですら抗え切れず、無意識のうちに舐めていましたので、我慢するのは難しいかも知れません。

　なお、キャンディーの像になっている間、意識はあってもなくても構いません。
　意識がある場合、視界だけは機能している、とします。また、スキル「精神感応」で会話も可能です。
　お好きな方をアクションに書いて下さい。
　パッフェルと美緒は意識はありません。

　それと、パッフェルが言っている「お約束のアレ」ですが、今回は呪い自体が強化されており、「相思相愛」でなければ効果はありません。

※パッフェルとセイニィ、シャムシエルが登場していますが、グランドシナリオ『戦乱の絆　第二部　第二回』には一切影響しません。

・ＬＣがキャンディー像に！？

・ＭＣがキャンディー像に！？

・犯人を捜し出す