四葉 恋歌(よつば・れんか)はお年頃、デートもしちゃうセブンティーン。
4月に入ると季節は春。新学期になって新しいクラスで隣の席に座ることになった彼に恋歌は今日も片思い中。
そんな恋歌と彼は学校帰りの帰り道、ツァンダの街を一緒に歩いていました。たまたま帰り道が一緒になったので、何となく話し始めたのです。
まあ、つまりデートではないわけですが、彼女の中ではこれは立派な下校デートなのです。千里の道も一本のフラグから、なのです。
これはチャンス、と恋歌はほくそ笑みました。これを機にあまり会話をしたことがない彼との距離を一気に詰めるのです。
「はい、これをどうぞ」
街頭で何かのキャンペーンをしていたのでしょうか、恋歌は道端の男性から何かを渡されました。
「え、何コレ?」
反射的に受け取ってしまった恋歌が手元を見ると、それは黒い手錠でした。
「ああ、そういえば今日ってブラックデーだったね」
と、彼はそのオモチャの手錠を見て言いました。
その日は4月14日、日本人である恋歌には馴染みの薄いブラックデー。
ブラックデーとは、『バレンタインにもホワイトデーにも縁のなかった独り者が、黒い服を着て、街に出て遊ぼう』という比較的新しい慣習です。
ちなみに、黒い服を着てブッラクコーヒーを飲んだり、黒いスープの麺類を食べたり、という風に黒にちなんだ楽しみ方をするのです。
更に、その日に黒い服を着ているということは独り者の証ですので、そういう相手に声をかけて『あわよくばカップルになってしまおう』という日でもあるのです。
「へぇ、そんな日があったんだね」
と、恋歌は頷きます。手錠は黒いプラスチックのオモチャで、『これで意中の人と繋がってください』というジョークを含めてのキャンペーンなのでしょう。
ふと、そこで恋歌は気付きました。
これで彼と繋がれればさらに距離を縮めるきっかけになるのではないかと――
「え?」
カシャン、と軽い音がして恋歌は気付きました、自分の右手と彼の左手が黒い手錠で繋がれているのを。
「――四葉さん?」
彼は驚きます。しかし、恋歌はもっと驚いていました。
だって、恋歌は特に手錠に触りもしないのに、勝手に彼の手に繋がったのですから。
その時、あちこちでも似たような現象が起こっていました。見ると黒い手錠はぼんやりとした魔法の輝きを放っています。
そして、恋歌にはちょっとした変化が訪れました。
何故でしょう、彼と繋がれているととても幸福な気分になり、普段から好きな彼がますます愛おしくなり、これでもかと言わんばかりの愛の嵐が心の中で巻き起こるではありませんか。
「よ、四葉さん? どうしたの?」
一方の彼は、そんな恋歌の様子に戸惑っています。どうやら、必ずしも繋がった両方に効果があるわけではないようです。
周囲の人々も、繋がれた二人同士で高まった愛情を確かめ合っているカップルもいれば、一方的に迫っているカップルもいます。中にはひたすら郵便ポストに求愛している男性の姿も。相手は本当に何でもいいようです。
そしてそんな中、ちょっと愛情が高まりすぎたカップルの手錠が――
爆発しました。
「え?」
それにはさすがの恋歌も驚きました。爆発したイチャイチャカップルさんは、二人揃って仲良く真っ黒コゲ。大した外傷はないものの、魔法の爆発のせいでロクに動くこともできません。
彼は当然手錠を外そうとしますが、魔法がかかっているせいか鍵もないのに開けることはできず、プラスチックのクセに壊すこともできません。
その時、どこからか流れてきた誰かの声が彼の耳に入りました。
「愛情が高まりすぎると爆発するんだから、冷めれば外れるんじゃ――?」
「四葉さん!! 俺、隣のクラスに好きな娘がいるんだ!!!」
「えーーーっっっ!?」
大ショックを受ける恋歌をよそに、二人を繋いでいた手錠は粉々に砕け、地面に落ちました。
確かに爆発しなくて済んだのはいいのですが、これではまったく嬉しくありません。
周りのカップルたちも爆発するか失恋するかの選択肢に戸惑っています。潔く爆発するカップルあり、嘘でもいいからと絶縁宣言をして手錠を外すカップルあり。
どうも『嘘でもいいから絶縁宣言をする』と、外れる仕組みのようです。ですがやはり、そうして助かったカップルの表情は微妙に怪しい雲行きを感じさせています。
ところで、手錠を配っていた連中はというと――
「作戦開始であります!!」
黒い仮面と黒い全身タイツを装着した男が、黒マントと黒い仮面の男に敬礼しました。
彼らは『独身貴族評議会』の内部組織『ブラック・ハート団』とそのリーダー『独身子爵』だったのです。
もてない言い訳のために独り者ライフを貫く彼らにとって、あわよくばカップルを作り出そうというブラックデーは悪でしかありません。
彼らが独自開発したアイテム『ブラック手錠』を街中に配り、新たにカップルになろうという連中を阻止し、ついでに現行カップルの仲を壊してしまおうという作戦だったのです。
「ふふふ……我らの主義に真っ向から反する悪しきブラックデー……幾多のカップルと共に爆発させてやるわ!!」
それにつられて周囲の黒タイツの連中も笑い出しました。中には小さな女の子――10歳くらいでしょうか――もいるようです。
「ふふふ……これはなかなかに楽しいでスノー!!!」