二月十四日。
ツァンダの片隅……と、呼ぶにも少々外れすぎている、もうほとんど森の中じゃね? というくらいの所にあるお屋敷で、バレンタイン・ティーパーティーが開かれていました。
主催はこのお屋敷の主人であるパトリック・エイベルとそのパートナー、桜坂 のののふたりです。
「本日はお集まり頂きありがとうございます。どうぞ楽しんでいって下さい」
パトリックは集まってくるお客さんたちに玄関で頭を下げています。
会場は屋敷のホールですが、広い庭も開放されており、人々は思い思いの場所でパーティーが始まるまでの間、歓談を楽しんでいます。
バレンタインデーということで、机の上にはチョコレート菓子が並べられ、美味しい紅茶も用意されています。もちろん、お客さんからの持ち込みも大歓迎。
人々は寄り添い合って、憩いのひとときを楽しんでいました。
「ふふ……なんて眼福なのかしらうふふ……」
……そんな会場で一人、不穏な笑みを浮かべている女性がいます。主催者の片割れ、ののでした。
ののは誰と一緒というわけでも無く、ひとりでぶつぶつと呟きながら、目を細めて周囲を見渡しています。
その視線の先には、寄り添い合っている二人の男性。
視線を移せば、あっちにも、こっちにも。……ののの周りは妙に、男性カップル率が高いようです。
「ふふ……のの、実に素敵な企画を考えてくれたねふふふ……」
一方こちらはパトリック。
参加者も集まったからでしょうか、いつのまにかののの背後にぴたりと張り付いて、彼女とは反対の方向を向いて鼻の下を伸ばしています。
彼の視線の先には、うふふきゃっきゃといちゃいちゃして居る女性達。……こちらは、女性カップル率がやけに高い。
実はこのティーパーティー、「同性カップル限定お茶会」なのでした。
シャンバラでは同性婚が認められていますし、地球上よりは同性カップルに優しい環境です。しかし、そうは言ってもふつうのカップルのように行かないことも少なくありません。
普段はなかなか人に言えない話もあるでしょう。
カップル同士、たまには打ち明け話をするのも良いでしょう。だって今日は恋人同士のための日ですから――
……というのは、勿論建前。
二人の目的はただ一つ――同性カップルを侍らせて思う存分眺めたい――だったのです。
「ふひひっ、いやぁいざこうして集めて見ると、本当に目の保養だねぇ……」
ののが涎でも垂らしそうな勢いで呟きます。
そう――ののはいわゆる「腐女子」でした。……男同士の色恋沙汰に目がないタイプの女性のことです。
そしてパートナーのパトリックもまた、女性同士の色恋沙汰に目がないという――なんというか、救いようのない二人です。
しかし二人とも、外面を取り繕うことには長けているので、パーティーの参加者達はそんなことみじんも気づいていません。
穏やかに談笑しているカップル達をひとしきり眺めてから、二人はよそ行きの顔を作ってホールの中央に進み出ます。
そして――
「皆さん、本日は――」
パトリックが挨拶を始めようとした、その時。
キャァアアアアア、と甲高い悲鳴が響き渡りました!
庭の方からだ、と言う声にパトリックとのの、それから興味本位の参加者達はぞろぞろと庭に駆けつけます。
すると、そこには。
「薔薇……?!」
巨大な紫色の薔薇の花が、緑色の触手……いや、ツタを振り回して居ます。
そしてそのツタの先には、庭を散策していたのでしょう、一人の男の子が絡め取られていました。
「た、助けて……」
男子にしては可愛らしい外見のその少年は、全身をツタにからめとられ、高々と掲げられています。それを地面から見上げているのはおそらくその少年のお相手なのでしょう。苦虫を噛みつぶしたような顔で、少年を助けようとしているのですが、別の触手がうねうねと伸びてきて彼を攻撃します。
ツタは太く、一抱えほどはあるでしょうか。それがしなりを付けて襲ってくる上、トゲがびっしり生えていますのでうかつに手が出せません。
「ま、まさか……」
ののの顔が青くなります。
「どうした、のの」
「パーティーの為に、この時期にも咲くように、ちょっと薔薇に手を加えたんだけど……まさか、副作用、的な……?」
「……」
パトリックの顔も青くなります。
このままではお茶会どころではないどころか、大問題になってしまいます。
「皆さんお願い、力を貸して!」
ののの悲鳴が響き渡りました――