――紫色の桜の花は、恋が叶うおまじない――(空京の噂話)
「ここよ! この紫桜に決めたっ!」
空京の雑誌を見ていた、雑貨屋『ウェザー』の看板娘、サニーは突然立ち上がると宣言しました。
「今年のお花見はここ、ロックが丘の紫桜にするわ。ついでに落ちた花を拾って『恋のおまじない』として売れば店の売り上げもアップ! それじゃあ、先に紫桜の下で待ってるね☆」
それだけ言うと、ぽかんと見ている弟二人……レインとクラウドを顧みもせず、バタバタと支度をすると出かけて行ってしまいました。
「紫桜って……最近、噂になってる花か」
しばらくして、レインがぽつりと呟きました。
ロックが丘の紫桜は、空洞になった大きな岩に根を張って咲く桜の木です。
2年前まで薄桃色のごく普通の桜の木でした。
しかし2年前から急に濃い紫色の花を咲かせるようになったのです。
「姉貴一人で行って、大丈夫かねえ」
「ああ、たしかそこら近辺には魔物が出るとか……早く追いかけた方が良さそうだ」
「や、それもあるんだけどな」
姉の身を案じ、急いで身支度を整えようとするレインに、クラウドが歯切れの悪い言葉をかけます。
「あの桜の花粉を吸いこんだ奴は、目の前の人間に甘えまくってしまうという効用があってだな……」
「何だその迷惑な花粉は!?」
「それが『恋のおまじない』の元ネタだったのかもな」
「とにかく放っておくわけにはいかない! 急いで姉さんを追いかけるんだ!」
「がんばれよー。花粉はマスクでもすれば防げるからな」
「兄貴も行くんだよ!」
ひらひらと手を振るクラウドを引きずると、レインも出発しました。
二人の後方に、サニーが作成したチラシが風に舞っていました。
『ウェザー主催 お花見パーティ! 紫桜の下で開催!』
大量のチラシが、空京に、ネットにばら撒かれていました。
※※※
ロックが丘の周辺で、青い物体が数匹、ぐにょぐにょ動いていました。
青いスライム。
2年ほど前からロックが丘近くに出没する魔物です。
青スライムは、何かを探しているかのようにうろうろと跳ね回ると、「にゅい」と鳴きました。
その声は寂しげで、まるで「ママ」と言っているように聞こえました。