季節は夏。シーズンの到来と共に賑やかになってきたパラミタ内海にひとりの男がいました。
その名はもっくん。目つきのかなり悪いクマのゆる族です。
彼は今年の初めに神社で大暴れしましたが、それを反省して、いまは夢を追いながらも真面目に一生懸命働いています。
そんな彼はいま、海の家”やもり”でバイトをしているようです。見た目が怖いので、厨房に入ってイカを焼いたりイカを焼いたりしています。
「くそっ、毎日毎日イカばかり焼かせやがって! 海の家に幻想を抱いた俺がバカだった!」
もっくんは文句をいいますが、しょっぱい焼きそばを作っているおばちゃんに怒られて真面目にイカを焼きます。
「ついに来たのじゃ……」
と、海にひとりのちびっこい女の子が現れました。
しかも海だというのに魔女の黒い服で全身を覆っているので暑苦しいといったらありません。
そんな彼女の名前はミストラル・アリエティ。
もっくんとは少し因縁のある人物です。
「海にひとりで来るとは、ワタシはなんとアクティブな魔女なんじゃろうな」
ふふふっ、とひとりほくそ笑むアリエティ。
はたから見ると怪しい人です。
そんな彼女は、トコトコと歩き始めました。
このアリエティ、家にある魔法の鏡の占いを信じて、今日は海へとやってきたのでした。
「うーむっ、魔法の鏡の奴は海に行けば”運命のあの人”に会えるとかいっておったくせに全然会えんではないか。せっかくラッキーアイテムの”ヤモリ”も持ってきておるというのに……」
そう言って、アリエティはビンに詰めたヤモリをポケットから取り出します。
すると、それをみた水着の女の子が悲鳴をあげて、どこかへと逃げていきました。
「……なんじゃ? おかしな奴じゃのぉ」
ポケットにビン詰めヤモリをしまい、再び海岸を歩くアリエティ。
と、その視界の中には仲良くしているカップルたちがたくさん目に入ります。
「この海にはカップルが多いのぉ。そうじゃ、ここはひとつあのものたちを喜ばしてやるとするか」
運命の人がなかなか見つからないので、アリエティは目的を変更して魔法で太鼓を呼び寄せ、それをドンドンと叩き始めました。
「やはり夏といえば欠かせないのは幽霊じゃろ! それにカップルは幽霊が好きというのは相場が決まっておるからのぉ!」
「……あのーっ」
と、太鼓を叩くアリエティに誰かが声をかけます。
その声に後ろを振り返ると、そこには体中に矢が刺さっている落ち武者が立っていました。
「ぬおおおッ、出たァァァ!?」
「いや、アナタが呼んだんじゃないですか……」
「ハッ、そうじゃった」
「それで、なんの御用ですか?」
「夏といえば怪奇現象! というわけで、この海にいるカップルたちを怖がらせて盛り上げてやろうと思ってのぉ」
「……それだけですか?」
「それだけじゃ」
「……」
落ち武者は残念そうな目でアリエティを見つめます。
「どうしたのじゃ?」
「あの残念ですが、これはもう完全に呪いルートですね」
「はぅっ! のっ、呪いッ!?」
「はい、遊び半分で呼び出されたんでそうなりますね」
「えっ、ちょっ! じゃあナシじゃナシ!!」
「そう言われましてもねぇ……あの、私を見てわかりませんか? すっごい矢が刺さってるでしょ? めちゃくちゃヒドイ死に方したんですよ。だから成仏できなくてですね。
最初に私を呼び出したり、目が合ったりした相手を呪い殺さないといけないシステムになってるんですよ、ハハハッ」
「そこは笑うところじゃないじゃろ!」
「まあ、なんといいますか――自分でもどうにもできないんですよね。だからもうあきらめてください」
「うっ、ううっ……うわ〜んッ!」
アリエティはその場にへたり込み、とうとう泣き出してしまいました。
「んっ?」
と、海の中からザッパーンと、もっくんが現れます。
彼の手には網が握られ、その網の中にはイカがたくさん入っています。
それを見たアリエティは一瞬泣き止みますが、またすぐに泣き出しました。
「うわ〜んっ、今度は目つきの悪いクマの怨霊が来たぁ〜! きっとあのイカの触手でワタシを締め殺す気なんじゃぁ〜!」
「そんなことするか……って、ゲッ! おまえはまさかあの時の!?」
「……ひぐぅ?」
アリエティは涙を引っ込めて、もう一度もっくんを見ます。
すると相手が誰だか思い出して指をさします。
「もっくん!」
「――うおっ、やっぱりアリエティかよ!?」
思わぬところで久しぶりの再会を果たしたふたり。
その様子を見て落ち武者がいいます。
「お知り合いですか?」
「まあ、そうとも言えなくもないのぉ」
「……おい、ちょっと待てアリエティ。こいつ、何者だ?」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は七市権兵衛(なないち ごんべえ)と申します。ずいぶん長いこと怨霊をやっております」
「――おっ、怨霊!?」
「はい、もうこれでもかってくらい怨霊です」
「まあ、確かに見た目はそうだけど……なんでその怨霊がアリエティにくっついてるんだ?」
「実は――」
アリエティは事のいきさつを話はじめます。
そして、それを聞いたもっくんは一言。
「自業自得だな」
「ひどいのじゃ! 助けてくれなのじゃ! 呪い殺されるのじゃぁ〜ッ!」
「自分でやったことだろ! 自分でなんとかしろ!」
「ううっ、もっくんはヒドイのじゃ……こうなったら、ネットにもっくんにセクハラされて自殺したって書いて呪い殺されてやる」
「おい、それはやめろ。俺を巻き込むんじゃねぇ!」
「ううっ、じゃあ助けてなのじゃ」
もっくんは涙を浮かべるアリエティを見て、ため息をつきます。
「ったく、しょうがねぇな。とにかく俺が働いている海の家に来い。俺ひとりじゃどうにもできないから、他の人に頼んでみよう」
「おおっ、助けてくれるのか! さすが、我が下僕じゃ!」
「……いつから俺はおまえの下僕になったんだ? あんまりナメたことばかり言ってると手は貸さないぞ?」
「うっ、嘘! 嘘なのじゃ!」
アリエティはそういって、先を行くもっくんの後についていきます。
そして海の家につくと、お客さんたちは権兵衛を見て一斉に驚きました。
そんなお客さんたち――たまたま海に遊びに来ていた契約者たちは、もっくんに頭を下げられて、力を貸して欲しいと頼まれました。
とりあえず事情を聞いた契約者の皆さんは、七市権兵衛に話を聞きます。
すると彼は、成仏したいのだがあまりに長いこと怨霊をやっているので、この世になんの未練があるのか忘れてしまったといいます。
ただ漠然と、”もっと普通の人のようなことをしてみたかった”という思いはあるようです。
皆さんの力で権兵衛を成仏させて、アリエティを助けてあげてください。お願いします。