ある晴れた日。
空京の噴水のある公園のベンチに破名・クロフォードは腰掛けています。
同じ色とデザインのリストバンドを右手に嵌める少年少女達が、彼の周りでそれぞれ寛いでいました。その中で一番年長らしい少女が破名の横に移動して、ベンチに腰掛けました。
「ねぇクロフォード。最近色んな所に連れてってくれるよね、なにかあった?」
少女は目を細めて子供達を眺めている破名に問いかけます。
「シェリー、どうしてそう聞く?」
「だって、少し前なら空京どころか院の外にも出してくれなかったじゃない。一緒に過ごすことも多くなったし」
最初に引き取られて一番付き合いの長いシェリーと呼ばれた少女は、真剣な眼差しをして破名の手を取ります。
「それに、あまり笑わなくなった。ねぇ、なにかあ――ッ!」
質問を重ねようとした少女の黒髪を無遠慮に鷲掴む手がありました。
突如、吐き気を催すほどにも濃くも甘い腐敗臭が吹き上がるように立ち昇り公園内を満たします。
視界いっぱいに死者が溢れんばかりの勢いで出現したからでした。
「助け――ッ」
「シェリーッ!」
腐った肉と汁を滴らせる死者に頭と体を掴まれベンチの後ろ側へと引き倒された少女に反射的に名前を叫んだ破名の手は、今一歩の所で少女の伸ばされた手を掴むことができませんでした。
シェリーが居た筈の場所で、持ち主を失ったカチューシャがカラカラと地面に落ちて行くのを、破名は信じられない目で見つめます。
追いかけようとしましたが、瞬きよりも早く出現した死者にその行く手を阻まれてしまいます。
「シェリーッ!!」
叫んでからハッとして、周りを見た破名は子供達が居なくなっていることに愕然とし、入れ替わるように佇む死者達の注目を一身に浴びている現状に、頭から血の気が引いていくようでした。
歩いていたら目の前に、ベンチに座っていたら隣人として、腐って落ちる肉も生々しい死者が現れ、物凄い力で腕を捕まれぐいぐいとどこかへ連れて行こうとします。
夥しいほどの死者達に、公園は一瞬にして生者を死者が追いかけ回すホラー映画さながらの地獄絵図へと変わり果ててしまいました。
「やー、やーなのー! ふぉーどぉ、くろふぉーどぉッ!」
襲ってくる死者の手を掻い潜り、泣き叫ぶ声を聞きつけた破名はその姿を見つけました。
「フェオル、こっちに」
小柄だった為か木々の間に上手く隠れることができたらしい一番小さい女の子の名前を呼び、駆け寄り抱え上げた破名は取り囲まれないうちにと走りだそうとして、慌てて身を隠しました。
すぐ横を女性が死者に引きづられていきました。耳に悲鳴が残ります。
「おねえちゃんは? おにいちゃんは?」
ぐすぐすと涙を零すフェオルを破名は慣れた手つきであやし宥めようと笑いかけました。
「大丈夫だ。みんなまだ無事だ。だから、フェオルも泣くな」
至るところで悲鳴と怒号が入り混じり、視界は死者達で埋め尽くされ、出口を求めて逃げ惑う人で何がどうなっているのかわからない状況でした。
その様子に更に泣き出そうとする幼子をきつく抱きしめます。
「フェオル頼む。泣かないでくれ」
「だってぇ、だってぇ!」
「わかっている。俺も会いたい。助けに行きたい。今すぐにでも飛んでいきたい」
「くろふぉーど?」
囁きよりも吐息よりも小さな声に、フェオルは自分の保護者を見上げます。
その瞳を受けて、破名は目を閉じました。
「すまない。 ――どうしてだか、動けないんだ」
飛ぶことは可能でした。
しかし、それが今できません。
子供達を奪われたという事実に、状況に対して頭と体が追いついていませんでした。
血の気を失い蒼白になっている破名の頬にフェオルは小さな手を伸ばします。
動けないまま小さく身を固め息を潜めてやり過ごすことしかできませんでした。
少しばかり離れた背の高いビルの屋上。
白い装束の少女――ルシェード・サファイスは満足気でした。
「“生きた人間”をぉ、集めるのよぉ?」
囁くように続けて、目を細めました。
「ただで持ち帰れると思ってないからぁ、死者が勝つか生者が勝つかぁ、あたしとぉ遊びましょぅ? あたしのかわい子ちゃんに捕まった人はあたしが連れて帰っちゃうからぁ、捕まらないようにぃ、がんばってぇ」
ふりふり、と誰ともなく軽く片手を振ります。
過去の経験で抵抗する者が居ると考えた少女は死者の投入に糸目をつけていません。
死者達と戯れ手間取っている間に、死者に捕らわれた生者を手中に収めることに成功すれば彼女の目的が達成でき、また一歩自分の夢が叶うと思えば、歪んだ唇が更に歪んでしまいます。
逃げ惑う生者とそれを追いかける死者の様子を想像して、目を閉じたルシェードは緩く微笑みました。