ツァンダ南東の山地にあるぽっかり空いた地下洞窟。
長らく人の手が入らなかったこの洞、近年、内部で温泉が湧き出していたことが判明しました。
長い長い洞窟内部は、その噴き出した湯に満たされ、いわば天然の洞窟温泉風呂と化していました。
そこで最近はちょっとしたレジャー施設と化し、近郊、また遠くからも入浴客が訪れています。
単なる温泉というだけでなく、長い年月をかけて出来た洞窟の内部が湯に満たされた、その神秘的な感じや未知の奥行きが人を引きつけ、またちょっとした探検気分が味わえるというので子供受けもよいらしく、好奇心の強い若者たちや親子連れも多く訪れています。
しかし。
野性味あふれる洞窟温泉は、本当に人の手が充分に入っていないため、未だ源泉の湧き出る位置も含めて洞窟内部の状況があまりに判明していないという危険な問題を抱えています。
探検のつもりで、狭い水路を潜水して抜けようとした若者が、思った以上にその水没した通路が長かったために息継ぎできなくて溺れかけたり。
壁面の上部から流れている湯を遡って湯の出る場所を突き止めようとした者が、その壁面で足を滑らせて転がり落ちたり。
どこまでも奥に入っていったところ、換気が悪くて熱気の籠った場所でのぼせて熱中症になったり。
幸い今のところ、この山の近隣に住む人々が有志を募って作ったボランティアの見回り団員などのおかげで、何とか命にかかわるような大事故は回避してきていますが、この間までは危険であることは明白。入浴客にも注意喚起をしてはいますが、そもそも個人なり企業なりのきちんとした管理下による運営ではないためでしょう、ルールも禁止内容もなかなか行き届かないのが現状です。
探検したがる子供や若者が、知らずに源泉の噴き出す場所に近寄る可能性があるのも危険です。
その上、地元の年寄り連の中には、この洞窟に関してこんなことを言う者もいます。
「あの洞窟には『ヌシ』がおる。洞の奥はヌシの棲み家じゃ。
洞窟の入り口の浅い場所は大目に見ておるだろうが、奥に入れば怒りに触れる」
ヌシとは、どうやらパラミタリンドヴルム(有翼の大蛇)のようで、昔からこの洞の辺りに住んでいるという話です。
ただの言い伝えだと気にしない者もいる一方で、岩陰に巨大な蛇の影のようなものを見たことがある、という住民もちらほらいます。
また、大人たちの目をかいくぐって洞窟の深部まで「探検」してきた子供たちの何人かが、こんなことを言っています。
「岩に囲まれた大きな『広間』があってね、
そこだけ、お湯の底が金色に輝いていたんだよ。
キラキラ、キラキラって。
何が光ってるのか見に行きたかったけど、大きな岩で囲まれてて、その隙間から見る事しかできなかったの。
通り抜けられないくらい狭い隙間なんだもの。
え? ……誰もいなかったよ。人も大蛇も」
伝説のヌシが、洞窟の奥の秘密の場所に、お宝を人知れず溜めこんでいる――
そんな言い伝えもあるといいます。
そんなこんなで、誰に頼まれたでもなく温泉管理を代行する格好になっている地元の有志団体は、洞窟内部の整備と調査のための人手を募ったのでした。