本校に居たパートナーの燭竜(しょくりゅう)主計大尉から火急の連絡を受けて本校に向かった歩兵科教官林 偉(りん い)が、そして、ようやく騎乗が可能になったヒポグリフの背から、ヒポグリフ隊の生徒たちが見たもの。
それは、シャンバラ教導団本校に向けて押し寄せる、鏖殺寺院の軍団だった。
陸上の戦力は、人間に指揮された蛮族が連隊規模(約三千)。シャンバラ教導団の本校は、ヒラニプラの山岳地帯の比較的高い場所にあり、そこまで登って来る道路は一本しかない。しかし、蛮族たちは道路からだけではなく、獣道や岩場を踏破して、幾つかの方面から本校に迫っている。本校の敷地は高い塀に囲まれ、要塞並みの防御体勢を誇っており、蛮族軍団には今のところ大口径の重火器を装備している様子がないことから、そう簡単に防壁を破られることはないと思われるが、万一校内に侵入されれば少なくない被害が出ることが予想される。油断は禁物だろう。
一方、空からは高速飛空艇に加えて、飛龍の部隊が新たに飛来している。弾数に限りがあるものの、圧倒的な性能を誇る高速飛空艇に飛龍が加わり、やっと人を乗せて飛べるようになったヒポグリフ隊では苦戦は必至と思われる。セスナやジャイロコプターなど飛行科の既存の装備もあるが、数が少ない上に燃料や弾のストックには限界がある。出撃させるとしても、使いどころや使い方は考えねばならないだろう。校内には高射砲もあり、『光龍』も射程が長く迎撃に使用することが可能なので、地上戦力と協力して戦力不足を補いたいところだ。
鏖殺寺院が教導団本校にこのような大攻勢をかけて来た理由は2つと考えられる。
1つは、起動すれば殺人姫と化す、《工場》に眠る機晶姫カーラを起動させるために、《冠》を必要としていることだ。《冠》が《工場》から教導団本校に運ばれていると判断した鏖殺寺院は、《冠》を手に入れるために本校への襲撃を企てたのだろう。
そしてもう一つが、機晶姫ネージュの存在だ。カーラについての警告を後の人々に伝えるために自分が作られたことも思い出した彼女は、鏖殺寺院の幹部ルドラから『邪魔な存在』と言われ、命を狙われている。
「カーラが目覚めれば、鏖殺寺院のためにたくさんの人を殺します。彼女を目覚めさせてはいけません。そのためには、《冠》を鏖殺寺院の手から守り切らなくては……! でも、わたし一人の力では、本当に何も出来ないんです。どうか、力を貸してください!」
技術科主任教官楊 明花(やん みんほあ)に、そのパートナーである守護天使太乙(たいいつ)に、そして、本校内にいる生徒たちに、ネージュは呼びかける。
『……と、言うことなのですが?』
燭竜からの連絡を受けた林偉は、無精髭がだいぶ伸びてきた顎を撫でた。
「ふぅん……順番としては本校で《冠》を手に入れ、ネージュを抹殺するのが先のようだな。それなら、《工場》の方は扉を完全に閉じた後、最低限の警備を残して本校方面へ移動した方がいいだろう。《工場》の方の指揮は引き続き李に任せるかな」
『それで良いと思います。いいですか、くれぐれも、物資の量には気をつけてください。本校から補給は出せないのですから』
口うるさいパートナーに、林はうんざりした表情になった。
「あーあー、そんな何回も言わなくたって判ってるって! ま、食料や水は適当に現地調達しながら行くわ」
林は携帯電話を切ると、軍用バイクにまたがり、《工場》へといったん戻って行った。