キマクにある広場に、急造の大きな立て札が作られました。
張り出されているのは二枚の写真で、写真の下には現在のオッズが書かれています。
一枚は気の強そうな女性の顔で、名前をラミナ・クロスと言います。
もう一枚は顔のあちこちに傷痕があり片目を眼帯で塞いでいる青年で、名前をソー・ルマークと言います。
「おい、お前どっちに賭けたよ?」
「ラミナに決まってんだろ、やっぱおっぱいのでけぇ女が一番だって」
「はぁ? お前、この賭けが何なのかわかってんのか」
「わかってるつぅの。これはあれだろ、次の恐竜騎士団の団長がどっちになるかって奴だろ?」
自治区となったシャンバラ大荒野では、正式に風紀委員となった恐竜騎士団がこの地区を管理していることになっています。
もっとも、その程度の事で動じる大荒野でもなく、以前とさほど変わらない生活を送っていました。
そんな大荒野に一つの事件が起きます。恐竜騎士団の団長であり、風紀委員長でもある選定神バージェスの行方がわからなくなってしまったのです。
恐竜騎士団の団長の条件はただ一つ。最も強くあること。その一番が居なくなってしまった今、誰が恐竜騎士団の中で一番強いのか決めなければなりません。
「民衆は見る目があるようね、ルマーク? 私の方があんたの数倍も人気があるってさ」
「……雑魚に、技量を見抜く目などない」
「悔しいのなら、悔しいって言えばいいじゃない。こう、ハンカチをかみ締めるようにね」
「……ここで貴様の首を切り落としてもよいのだぞ」
立て札が見える高台の上、二人の次期団長候補の姿がありました。
「やーねぇ、冗談じゃない。けれど、いい感じに盛り上がってきたわね。うふふ、ますます楽しくなりそ」
「……なぜこのような無駄な事をする。強さを測るのに、このようなくだらない事をする必要はない」
「いいじゃない。お祭りよ、お祭り。楽しい事はみんなで共有した方がいいし、何よりこうすれば次の団長が誰かってのもすぐにみんなにわかってもらえる。組織っていうのはね、代替わりの時が一番脆いのよ」
「下らぬ……全てねじ伏せればいいだけの事」
賭けのオッズでは、ラミナの方が人気は上回っていますが、実力では両者に大きな差はありません。
恐竜騎士団唯一の空を泳ぐ海竜、プレデターXを従えるラミナは人竜一体とされる連携を売りとし、高高度からの強襲はわかっていても避けるのは不可能と言われ、翼竜を友とする恐竜騎士団に特に恐れられています。
首切りルマークの異名を持つ隻眼の剣士は、ティラノサウルスの首を一息に切り落とす剣の達人であり、相棒のT-REXも他の個体よりも二倍近く大きく暴君王と呼ばれ、恐竜騎士団の人間でも彼らに近づこうとはしません。
「ま、せいぜい寝首はかかれないよう気をつけなさい。せっかく盛り上がってきたんだもの、そんな決着じゃ興ざめもいいところだわ」
「ふん、そう言いつつ刺客を放つつもりだろう? 貴様こそ、せいぜい注意するのだな……我ら恐竜騎士団の法は強者絶対ただ一つ」
恐竜騎士団にとって正義とは強者であることのみ。現在の候補はあくまで暫定でしかなく、今後新たな候補が出ないとも限りません。
新しい団長が誕生するには、まだ一波乱ありそうです。
ほとんどの恐竜騎士団の団員は、この新たな団長を決める戦いに参加し、どちらかの候補についています。強い者に従うのは、彼らの中では恥ではないのです。
しかし、どちらにも属さずこの争いにも参加していない団員も少数ですがいます。彼らはバージェスの強さに惚れ込んで従ってきた、親バージェス派の団員です。彼らはこの次期団長決めに対して消極的なのです。
「パラ実の校長とかいう奴もわからないな。好きに戦って構わないが、終わったら新しい団長は顔を見せにこい、か。エリュシオンも音沙汰無いってことは、ついに切り捨てられたのかね」
元来恐竜騎士団は、実力はあるものの騎士と名乗る資格が無いとされた者をバージェスの力でまとめあげてなんとか騎士団の体裁を保ってきました。そのため、荒くれ者の首輪であったバージェスが行方不明の今、彼らの立場は大変悪くなっています。
ケツァルコアトルスの背中に乗った恐竜騎士の一人、コランダムは親バージェス派の騎士です。実力で言えば、次期団長候補に並んでもおかしくないのですが、名乗り出るようなことはせず、むしろ裏方に徹していました。
次期団長候補の賭けの元締めをしたり、パラ実側の人間に今回の話を了承させたりと、脳筋比率の高い恐竜騎士団の動向をうまく制御しています。
本来ならバージェス以外の団長など認めないと言い出すはずの彼らが、反対するどころか協力を行っているのは、恐竜騎士団を存続させるには新たな団長を定め、騎士団としての体裁は守れる事をエリュシオンに示さなければならないからです。
賭けで注目を集め、お祭りとして大荒野の住民に認識させたのも、バージェスなくとも恐竜騎士団は崩壊しないことを内外に知らせるためです。注目が集まれば集まるほど、恐竜騎士団の強さが知れ渡ることにもなります。
もし、ここで大きな問題やミスが発生すれば、エリュシオンは簡単に恐竜騎士団を切り捨てることになるでしょう。
「しっかし張り切っちゃって、道化もいいとこだろうに。……ま、だからこそ恐竜騎士団は面白いんだがな」
一部では、彼を含む何人かの親バージェス派の騎士は、選定神の行方を知って隠していると噂されていますが、事実は定かではありません。
大荒野の火種は、恐竜騎士団の内側だけではありません。
恐竜騎士団同士の戦いを好機と見て、大荒野から追い出そうと行動している人も少なくないのです。
まだ小規模な勢力で恐竜騎士団の敵にもなっていませんが、今後次第では立場が逆転するかもしれません。
シャンバラ大荒野と恐竜騎士団は、再び大きな変化の時を迎えました。
誰もが最後に笑うのは自分だと信じ、熱を帯びた荒野では策謀と力が交差しています。
この騒動の果てにあるものは、まだ誰にもわかりません。