「………………」
眼前に広がる光景に、ソララは茫然と立ち尽しました。
半円状の屋根に半分程覆われた、建物。
それをぐるりと取り囲む、観客席。
ツァンダ郊外に建てられたそれは、巨大な野外ステージでした。
そこでは丁度、数時間後に始まる音楽祭の最終準備が進められているところでした。
既に、周囲には出店やらパフォーマーやらが集い活気にあふれ。
観客や出演者なども徐々に見え始めている中。
ソララは一人、立ち尽していました。
正に数時間後に立つ筈のステージに、ただ圧倒されて。
ソララは地方から出てきた、新人歌姫でした。
幸運にも『SoLaLa』という名で既に歌声だけは電波に乗り、今日が初めての顔出し・生歌披露の場でした。
『郊外で行われる祭りの小さなイベントステージだけど、トリを任せてもらえました……頑張りましょうね』
空京にある小さな事務所の社長に、ソララ自身頑張ろう、と確かに頷いたのでしたが。
ソララが想像していたのは、『村のお祭り』での精々ノド自慢大会なノリのステージであり。
この眼前の、広くキレイで立派なステージは、想像を遥かに超えてしまっていました。
そうこうしている内に、足元からじわじわとせり上がってきたのは、恐怖、でした。
だから。
ガタンっ。
不意に近くで上がった大きな音に、弾かれたように駆けだしたのは、ほとんど反射的なものでした。
「あっ、バカお前気を付けろよ!」
「すみません!」
そんなやり取りも耳に入らぬまま、ソララはその場から逃げだしたのでした。
「……で、一体全体どういう事なんですか?」
その日、市倉 奈夏はパートナーであるエンジュと共に、音楽祭に来ました。
先日海で奈夏が幽霊に取り憑かれてから時折、エンジュの様子が変なのです。
ふとした折、ビクリとしたり不安げな様子を見せたり、どこか不安定で。
だから気分転換がてら、連れだしたのでした。
音楽は人の心を癒しますし、そうでなくても、周辺の屋台とか適当にぶらついただけでも楽しめます。
なのに着いた早々、「いたぞ」とか「捕獲しろ」とか背広を着た人達に囲まれて、連れてこられたのが何か控室っぽい所だったのです。
「奈夏っ!?」
ちなみに最初、酷く狼狽したエンジュでしたが、
「……奈夏が抵抗していませんでしたし……彼らに敵意もありませんでしたし……」
と、暴れる事無くこちらもついてきていました。
うんビックリしすぎて抵抗なんて忘れてたよ、と呟いた奈夏が『事情』を知らされ謝罪されたのは、直ぐの事でした。
曰く、本日の音楽祭でラストに出演する筈の歌姫SoLaLaがいなくなってしまった、と。
「SoLaLaって……最近、CМとかで流れてる、あの?」
事務所の人達は頷き、似ているんです、と中の一人……社長さんらしい……は告げました。
「貴女はソララと似ているのです……その特徴の無い普通の顔立ちも、凹凸の少ない体型も身長さえ、それで……」
「……ね、エンジュ、私、怒っていいよね?」
むぅっ、とする奈夏にやはりエンジュはよく分からないと首を傾げてから、何故か社長さんの顔をジッと見つめました。
「……奈夏と似ている、人」
エンジュの呟きは、小さすぎて奈夏の耳にも届きません。
ただその様子を奈夏が怪訝に思った時、社長さんに肩をガシッと掴まれました。
「そこで奈夏さん! お願いがあります!」
「……イヤです」
「ソララが戻るまで、代役をお願いしたく!」
「だからイヤですって……ちなみに私、音痴ですから」
「大丈夫です! リハで衣装着てちょこっとステージに立つくらいです!」
「だって本番までに見つからなかったら……」
「大丈夫です! ソララは財布も何も持たず、身一つで姿を消しましたから……そう遠くには行けない筈ですし直ぐに見つかる筈ですから!」
「いやいやだって現に見つかって無い……うっ」
社長さんの背後、事務所の人達に「お願いします!」ポーズでうるうるされ、奈夏が抗える筈はありませんでした。
「……絶対、歌いませんから」
「大丈夫です! いざとなったら口パクで!」
「……え〜?」
そして、奈夏はガックリと肩を落としたのでした。
更に。
「私……そのソララという人を……探しに行ってきます……」
「……え?」
思いがけないエンジュの言葉が、奈夏を驚かせました。
困った人を助けたいと、エンジュが自発的に思うようになったのは、喜ばしい事……のはずなのに。
奈夏は、続けられたエンジュのセリフに何故か……そう何故か、言葉を失ってしまいました。
「その人の事……とても気になります……から」
破乱含みの音楽祭の開始まで、後少し。