シャンバラ教導団は学校であると同時に、シャンバラ地方の警察機構を請け負っています。
シャンバラ王国は東西に分かれましたが、シャンバラ教導団の任務に変わりはありません。ヒラニプラを始め、ツァンダや空京など、シャンバラの主要都市に教導団の生徒を派遣し、警備に当たっています。
これは兵科の授業の実地訓練として行われています。
その日、シャンバラ教導団の新入生レオン・ダンドリオンは、イルミンスール魔法学校のあるザンスカールに来ていました。
彼もまた実地訓練としてザンスカールに派遣されたのです。
「何だ、瑛菜も来ていたのか」
「イルミンスールの森にはハルピュイアっていう、歌が上手いモンスターが棲んでいるって聞いてね。その歌声を聞きに来たのさ」
レオンは波羅蜜多実業高等学校(通称:パラ実)の新入生熾月瑛菜(しづき・えいな)とばったり会いました。
レオンと瑛菜は同期で、時々連絡を取り合ったりする仲です。
瑛菜はバンドを組んでおり、歌の研究のためにイルミンスールに来ていました。
「モンスターか……勉強熱心なのは良いことだが、程々にな」
「ん? もちろんレオンがあたしの護衛をしてくれるんだろ?」
「……そんなことだろうと思ったぜ」
レオンと瑛菜はイルミンスールの森へ繰り出しました。
広がり続けるイルミンスールの森は動植物の宝庫です。加えてユニコーンやハルピュイアなどのモンスター達も棲んでいます。
動物やモンスター達は凶暴で獰猛でない限り、基本的に人間は襲いません。
その油断があったのかも知れません。
大木に囲まれた開けた広場があり、大木の枝には、上半身は美しい女性や少女ながら、両腕は鷲の翼、下半身は鷲の身体を持つハルピュイア達が留まっていました。
レオンが姿を現すと、一斉に歌い始めました。
まさに小鳥の囀りのような、甘美で甘露な歌声です。
「このくらい高音の伸びが良いといいんだけどなぁ。一羽くらいスカウトできないかな?」
「……美しい歌声だ……」
「ちょ、ちょっとレオン!?」
ハルピュイアのスカウトを目論む瑛菜の横で、レオンがフラフラとハルピュイアの方へ歩いていきます。
瑛菜の声は全く届いていないようです。
「これって魅了(チャーム)!?」
瑛菜が気付いたときには、レオンはハルピュイア達に取り囲まれていました。
ハルピュイアの歌声は相手を魅了する魔力を秘めているようです。
「ミイラ取りがミイラにならないでよ! く!?」
瑛菜は腰に巻き付けていた鞭を振るいますが、ハルピュイア達は上空へ逃げてしまいます。かと思えば急降下して鋭い鷲の爪で引っ掻いてきました。
「コノ雄モ、私達ガ子ヲ作ルタメニモラッテイクワ」
「この雄も、って、レオン以外にもいるわけ!? 婚活ならモンスター同士でしてよね!!」
攻撃が当たらない上に多勢に無勢。形勢が不利だと判断した瑛菜は、やむを得ずその場から逃げ出しました。
「レオンが殺されることは無いと思うけど、早く助けに行かないと貞操の危機よね」
「おい、この辺りにベッピンだらけのモンスターが棲んでるって聞いたけど本当なのか?」
「おおよ。歌に魔力があるようだが、ただの耳栓じゃダメらしいからな。ロウソクの蝋を耳栓にすると良いらしいぜ」
仲間を呼ぼうと携帯電話を取り出した瑛菜の耳に、そんな会話が聞こえてきました。
物音を立てないように声のする方へ近づいてみると、そこには十数名のパラ実生がいました。いずれもモヒカンで、血煙爪(ちぇーんそー)にトマホーク、アーミーショットガンなどで武装しています。
話を聞く限りでは、ハルピュイアを攫って何やら金儲けを企んでいるようです。
瑛菜はその場から素早く立ち去ると、知り合いに片っ端から連絡を入れて救援を求めました。