人質交換から二日後―――。
ドラセナ砦を望める小高い丘の上に、多くの兵を率いる一団があった。
旗も何もかかげず、人数としては百人強といったところだろうか。その集団の先頭に、ウーダイオスとルブルの姿があった。
「あーあ、全く。ほんの少し時間を与えただけで、あの砦も随分と小奇麗になってやがる。ま、それでこそ落としがいってもんがあるってことかな」
「ウーダイオス様、そのお体で本当に戦うおつもりですか?」
ウーダイオスの片腕は、先日の戦いで失ったままとなっていた。本人の腕はその後のどさくさでどっかに行ってしまい、当然腕のスペアなど持ってはいない。
人間の腕を用意するのは簡単なことではない。時間をかければそれもなんとかなったかもしれないが、のんびりとはしていられない理由が彼らにはあった。あの砦は、ウーダイオスの想像以上の速さで、力を蓄えている。
「あそこにある大げさな玩具は投石機か………厄介だな」
「私の腕がもう少し太ければ、切り落として貴方様にお渡しするというのに………」
「………あのなぁ、そんなどうでもいい事気にする暇があったら、もっと考える事があるんじゃないのか?」
「しかしっ!」
「やれやれ………ルブル、お前はこの戦どう見る?」
「………モンスターも計算に入れるのでしたら、数の上で圧倒しています。敵の中には、腕の立つものがそこそこいるようですが、ウーダイオス様の敵ではありません」
「なら何の問題がある? 戦が終われば腕なんてごろごろ転がってるもんだ。俺の腕はそん時になんとかすればいい。敵じゃないんだろう、なら心配する必要はない、道理って奴だ」
φ
「敵の数は、あの男が口にしていた数と一致しているのですね?」
アイアルは報告を受けて、敵の姿を確認した兵士に確認を取った。
物見の報告では、おおよそではあるが先日ウーダイオスが口にした六百人という数字と一致する。
敵の布陣は、正門側に百人規模の集団が四つ。裏門川に同じ規模の集団が二つ。それぞれ、集団ごとに広く距離を取っているとのことだ。
さらに、正門と裏門どちらでもない側面には先日逃走したと思われるゴブリンなどのモンスターの集団が広がっている。こちらは、あまり統率の取れた様子ではないという。人間の兵がおよそ六百、モンスターがそれぞれ二百ほどの計千の軍勢だ。
これに、確認は取れていないが恐らく砂の中にもモンスターが潜んでいるのだろう。
「篭城戦を選べるほど、我々には物資が無いですね」
マルドゥークが率いている本隊のを除けば、ゲリラ活動をしている味方が援軍に来たとしても返り討ちになるのは目に見えている。かといって、本隊に救援を頼んだとしてそれまでここが持つ保障は無い。時間を与えれば、敵の方がより早くより多くの兵力を集めることができるだろう。
今ここにある戦力で、これを撃退しなければならないのだ。この事態は、ウーダイオスの言葉や、状況から予想はできていた。しかし、こうして目にできる現実となるとその重圧は想像よりも遥かに大きい。
以前のように、簡単に撤退することはできない。この砦を失うわけにはいかず、今ここには兵だけではなく民も居るのだ。彼らに危害が及ぶような事は、絶対にあってはならない。我々は、民のために武器を取ったのだから。
だが、相手も今度ばかりは死力を尽くしてくるに違いない。自給自足の難しい砂漠地帯では、あれだけの人数の食料などの物資を補充するのは大変な作業だ。彼らは、この砦だけではなくもっと広い、かなりの範囲を担当していたはずだ。それらを集めてこの砦に向かって来ているのは、貪欲に勝利を得るためだろう。
だからこそこの数の不利を乗り越え解放軍の力を示せれば、そうそう次の派兵もできないに違いない。彼らをここで討ち果たせれば、この一帯に関して言えばネルガルの支配下ではなくなる可能性が高いのだ。
「………思えば、今日まで辛く厳しい日々でした。このドラセナ砦にたどり着くまで、戦いで、飢えと乾きで、病で、多くの友人たちを失ってきました。しかし、今はまだ彼らに会いに行く時には早すぎます。この国が緑豊かなかつての姿を取り戻すまでを見届けるまでは、旧友との再開をするわけにはいきません。その代わりに新たな友と手を取り蘇ったドラセナ砦こそ難攻不落であることを、彼らにはその身を持って知って頂き、それを旧友への贈り物とするのです。さぁ、武器を取り、号令を!」
φ
正岡すずなのポーチは、集められるだけ集めた石化解除薬がパンパンに詰っていた。
二日前の人質交換で全ての民が取り戻せたわけではなかった。彼女の親友、サファイアの姿がその中に見当たらなかったからだ。
兵士達の間で飛び交っている情報で、向こうは全兵力を動員して攻めてこようとしているのを知ったすずなは、まだ捕らわれている人達を助け出そうと決意する。飛び交う話が本当ならば、本拠地にはほとんど人が居ないはずだろうし、何よりこれ以上サフィを待たせるわけにはいかない。
「勇気と無謀は違う………けど、可能性がゼロじゃない時に言い訳をすると絶対にチャンスは掴めない、でしたね兄さん」
本拠地の場所は、おおよそだが目星がついている。色んな人に話しを聞いて、地下のマップを見て、推察した地点だ。彼女には自信があった。
もちろん、危険が無いわけではない。それぐらい、何度も兄に馬鹿だ馬鹿だと言われていた彼女でも、ちゃんと理解しているつもりだ。
それでも全部自分の中で天秤にかけて、それでもやると決めたことなのだ。
慌しく走り回る人たちとは、逆方向に向かってすずなは走り出した。
他の人に迷惑をかけるわけにはいかない。これから行われる戦いは、とても大事なものなのだ。だから、自分のわがままは自分で解決する。
「………サフィ、あとほんの少しだけ待っていてくださいね」