「クックック……ついにここまで来たか」
かつて高度な文明を持ち、栄えていた地――シャンバラ大荒野。
その荒野にある、古びた遺跡に、笑い声が響き渡りました。
「博士、計画はたぶん順調に進んでいます」
「当然だッ! 私を誰だと思っているんだね!?」
半地下になっている遺跡の中で、博士と呼ばれた男は、着ていた白衣を派手に翻して振り向きました。
伸ばしっぱなしの前髪を振り乱し、眼鏡をクイッと上げる『博士』の背後には、10メートルはあろう巨大な物体が佇んでいます。
屈強そうに見える顔。鈍く銀色に光る腕。そして無駄に大きな身体。
見ようによっては、ロボットにも見えなくもない鉄の塊を前に、博士と呼ばれた男は胸を張って口を開きました。
「苦節六ヶ月、風にも負けず、砂にも負けず……やっと上半身の完成を迎えたぞ!」
その声に、鉄塊の周辺で作業をしていた者達から拍手が上がります。
作業員達の顔には、仮面やマスクが付けられていました。
――この作業員達は、『博士』の意思に賛同し、自ら作業を手伝う為に集まった謎の集団です。
それぞれに、別の職や、学業がある合間を縫って身分を隠して集まっています。
そして、その集団を纏めているのが『博士』と呼ばれている男です。
「……一つ宜しいでしょうか?」
最初に声をかけた男が、作業員達に手を振る博士に問いかけました。
「何だ、言ってみろ」
「なぜ、上半身から作られたのでしょうか?」
「カッコイイからに、決まってるだろう。助手Aよ」
眼鏡を光らせながら笑みを浮かべる博士の言葉を聞いて、問いかけた男は一瞬、顔を曇らせました。
(この人……いつもいつも計画とか言ってるけど、無計画すぎるだろ常識的に考えて)
心の声が口から出る前に、愚痴を何とか胸の中に格納をした男が、続けて博士に口を開きました。
「で、この鉄屑、コホン。もとい、ロボットらしき物体の名称は、何と言うんですか?」
「言葉の節々に、言い表せない邪念のような物を感じるが」
「気のせいです」
「まぁ、いいだろう。教えてやる。こいつの名は――イロンVだ!」
「………………いろんぶい?」
「そうだ、イロンV、だ」
怪訝そうな表情を浮かべる助手Aに、博士がビシィっと指を突きつけて、口の端を持ち上げます。
「洗練された鋼鉄のボディ! 各所に装備された機銃! さらにはメインモニタを必要としないコクピット! あえて関節稼動を排除した事による強度の向上! これだけ条件が揃えばイコンとやらを超えるだろう! そう思わんかね!?」
「……関節稼動排除したら、歩けませんよ」
その言葉に、博士はどこからともなく取り出したスパナで、助手Aの額をつつき始めました。
「君は馬鹿かね? 馬鹿なのかね? 何年この私の助手をやっているんだ。それぐらい私も考えているよ」
博士はそう言ってスパナを投げ捨てると、白衣のポケットから一枚の髪を取り出しました。
『イロンV完全設計書』と書かれた紙には、細かく(割とどうでもいい)文字が連なっています。
・イロンVは、昨今何かと話題に上がる事が多いイコンとやらの性能を凌駕する超高性能兵器。
・鉄骨を軸として厚さ2cmにも及ぶ鉄板を溶接した超高性能な装甲。
・各部位に、機銃・簡易ミサイルを完全装備。
・『イコン』とやらの名称に一画足し、更にビクトリーのVを追加する事により姓名占術的にも一歩上を行く仕様。
などなど。良く言えば設定。悪く言えば、二年に上がりたての中学生辺りが考えそうな妄想が列挙しています。
もしかしたら、いや確実に、昨今の中学校二年生の方がまだマシな事を考えるでしょう。
「『なお、移動手段に関しては脚部をキャタピラとする』……って」
紙の下部に書かれた文字をなぞる様に読んだ助手Aが、眉間に皺を寄せて頭を抱えました。
(これだけの重量を支えるキャタピラとか用意できるのか? って言うか、それならキャタピラの上に上半身組めよ)
「さぁ、助手Aよ! 崇高なるイロンVの完成の為に、ひいては私への借金を返済する為に、馬車馬のごとく働く権利をやろう」
「具体的には、何をさせていただけるんでしょうかね、博士様?」
「明日の夜にはキャタピラが搬送されるから、何とかしてこの上半身を持ち上げろ。以上だ」
「あぁ、もう用意はしてるんですね、キャタピラ」
(……って言うか、おい! そこは俺任せかよ!)
声にならない声が、遺跡内部に響いた――ような気がしました。
◇
その翌日、早朝。
山葉 涼司(やまは・りょうじ)の元に、一通の封書が届けられました。
その中には、『イロンV完全設計書』と書かれた謎の紙と一緒に手紙が入っていました。
手紙の内容は、要約すれば
・イロンVという、物騒な物体を作っている者がいる。
・完成すれば、近隣の村を襲い、作業員として攫おうとしている。
・そして、本日の夜にはイロンVが完成してしまう。
という事です。
「……どうしましょうか、涼司様」
「どうもこうもねぇな。悪戯ってわけでもなさそうだ」
手紙に目を通しながら、問いかける
花音・アームルート(かのん・あーむるーと)に、涼司は拳を掲げました。
「各方面に連絡付けるぞ。くだらねぇごっこ遊びを潰しに行く!」
「はい!」
涼司のその声に、花音がすぐに動き始めました。