――その音楽を聞いた者は『しあわせ』になれるのです――
「この箱から出る音楽は聞いた者の精神に働きかける。仮にとても酷い状況下でも、素晴らしい環境だと誤認させてしまうのだ」
「それが何の役に立つ?」
「いくらでも応用が利くだろう。奴隷に嬉々として重労働を課すことだってできる。敵組織を抵抗なしで鎮圧することも可能だ」
「なるほど……使い方次第では面白いことになりそうだな」
※※※
ツァンダ地方の更に山奥に、小さな学校がありました。
「あ、まただ……」
自分の机を見たスノは、小さく呟きました。
机の上には、たくさんの泥。
周りから小さな笑い声が聞こえました。
スノは転校生。
しかし引っ込み思案な性格なためかなかなか学校に馴染めず、気が付けば周りの子供たちから虐められていました。
ため息をつきながら机を拭いて、スノは席に着きました。
スノの家は貧しく、行商人の父親について母親とスノの3人は各地を転々としていました。
「ごめんなさいね、今日もこれしかなくて……」
「ううん。お母さんのスープ、おいしいよ」
「ええ」
申し訳なさそうに告げる母親に、スノは微笑むのでした。
※※※
「わあ、綺麗…… なんだろう、これ」
スノが谷間で拾った箱をぱかりと開けると、美しい音楽が流れてきました。
「オルゴール、みたいね。誰かが捨てたのかなぁ?」
スノがオルゴールらしき箱を拾ったその日から、彼女の周囲は一変しました。
オルゴールの音が、スノの家中に広がっています。
「見て、今日はとても美味しそうなキノコがあったの」
「ああ、おいしそうだね」
母親が嬉しそうにスープを作っています。
鍋の中には、毒々しい色をしたキノコ。
「そこの谷に、綺麗なお花が咲いてたの」
「ほんと、綺麗ね」
傷だらけの手に枯れ枝を抱え、スノが家に帰ってきました。
家族みんなに笑顔が溢れています。
「そういえばスノ、学校は?」
「うん、最初はなかなか馴染めなかったけど、今は皆優しくしてくれるよ。今日もほら、こんなにアメ玉を机の上に置いてくれたの。
スノの手の中には、たくさんのガラス片。
スノはそのひとつを手に取ると、ひょいと口の中に入れました。
「そうだ、今度皆にもオルゴールを聞かせてあげよう。私、この音楽とっても好きなんだ」
笑顔のスノの口から赤いものが一滴、すうっと垂れました。
※※※
「おい、アレは見つかったか!?」
「いや、まだだ……ここら辺に落ちた筈なんだが」
谷間で、黒づくめの男性3人が何かを探しています。
「くそっ、早く見つけなければ……」
「ボス! 反応がありました」
歯噛みする男に、何か機械を覗き込んでいた男が声をかけます。
「何処だ?」
「あの建物です」
「あそこか…… よし、行くぞ。どんな手段を使ってもアレを取り戻すんだ」
「ひひっ。ボス、死体から漁った方が楽ですよね?」
「最終的にはな。まずは潜入して調査しろ。それでも駄目なら強硬手段だ」
男は武器を構えます。
視線の先には、小学校がありました。
※※※
各学校長に、ツァンダの山奥で塵殺寺院らしき人物を発見したという報告が入りました。
塵殺寺院らしき人物は何かを探していたようです。
それぞれの学校の生徒たちに、それは何なのか、また塵殺寺院の人物たちを拘束するよう、指令が出されました。