パラミタ大陸西部、ツァンダ東部に広がる草原とシャンバラ大荒野の境にはとある街があります。
 そこは彫刻などの芸術が盛んな街です。
 街の東部にはシャンバラ大荒野に点在している遺跡の一つ、石女神の遺跡があり、そこには彫刻や彫像がこれでもかとばかりにありました。
 街で芸術が盛んになった背景にはこの遺跡の存在があるようです。
 それだけならば温かな印象を受ける街なのですが、ニルヴァーナ大陸へと続く回廊の封印が解かれた頃から機晶石の暴走が多発し始め、最近では連日の如く事故が続いていました。
 さすがにこれは無視できないと街の自治体が動き、各地から冒険者を募って事態の解決に望んだのです。
 根本的な解決はできなかったものの、事故の多発した地域や暴走を起こす機械を調べることで応急処置的な対処を行うことができたのです。
 ここ数日は事故の件数も大幅に低下し、比較的な安全な暮らしが街に戻ったのでした。
 ですがこれは嵐の前の静けさでしかなかったのです。
 その腕は触れるものを焼き、焦がし、溶かしました。
 水は蒸気へと姿を変え、部屋は霧で満たされます。‘彼女’の周りは白一色の風景です。
 霧を払うように赤色の腕が外套を着込んだ少年へと伸ばされました。
 その動きは緩慢で、少年は軽く後方に跳躍して避けます。手が床に触れたその瞬間、ジュッという蒸発する音が少年の耳に届きました。
「こんな情報はありませんでした」
 外套の少年が、背後に控えている少年に言いました。
 その少年も黒の外套に身を包んでおり、彼らの姿は鏡写しのようです。
「この熱量、何によって生み出されているのか……」
 霧の奥へと消えていく腕を見つめながら呟きました。
 腕が接触した壁や床には焦げ後が残っています。
 もし触れていたとしたら火傷だけでは済みそうにありません。
 二人の少年が‘彼女’の様子を窺っている間にも蒸発の音が続いていました。
 しばらくするとゴポゴポという妙な音も聞こえてきました。どうやら石女神の像の前面にあった池が茹っているようです。
「――視界が悪くて手が出せません」
「――現状では‘被験体’の確保は困難です」
 彼らの視界、先ほどと同様に赤色の腕が伸びてくるのが見えました。
 気のせいか、さっきよりも動きが良くなっている気がします。
 二人は捕まらないように避けました。
「なにか来ます」
 少年の声に呼応するように部屋の奥からザバァ、という水音が聞こえました。
 刹那、剣を携えた人型の機晶姫と盾を携えた同型の機晶姫が二人の少年に、それぞれ襲い掛かりました。
 彼らは機晶姫たちに押し出されるように部屋から通路へと移動します。
「堅い、です」
「早い、ね」
 二人の少年は各々機晶姫と対峙しました。
 彼らが機晶姫と戦っている間にも、遺跡の壁や床はひび割れてゆき、本来の姿を覗かせます。
 それは遺跡だけではなく、散らばっている彫像も同様でした。
 像の表面が剥がれ、中から生物と機械が姿を見せました。
 それらは脈打つようにときおり身体を震わせています。生きているのです。
「クウァアアアアアアアアッ!!」
 甲高い、幾重もの叫びが遺跡中に響き渡りました。
 その声は遺跡の外にまで流れ、近くを通りかかった人の不安を煽りました。
 そして早急な対処が必要と判断され、調査員を募ったのです。