「諸君らに課せられたミッションはふたつ。一つは、対象の暗殺。そしてもう一つは同じ対象の家庭教師だ!」
「はぁ!?」
居並ぶ生徒たちは、相反するふたつのミッションに驚きを隠せませんでした。
◆◆◆
話は今年1月までに遡ります。
とある“存在”が出現したのです。
出現したばかりのその“存在”は島をひとつ消滅させました。
人が住んでいなかったのは幸いでしたが、それは消して小さな島ではありませんでした。
取り囲む教導団の面々に向かって、その“存在”は宣言しました。
自分は、この大陸を消滅させる。
理由はない。
もしもそれを阻止したければ、自分を殺すか――『教育』しろ、と。
◆◆◆
「ようこそおこしやす、せんせぇがた」
「――――!?」
その“存在”と対面した面々は、入手したデータと実物との乖離に、絶句するしかありませんでした。
島を破壊し、更に大陸を破壊しようとするその存在。
それは今、波羅蜜多実業高等学校の制服に似たセーラー服を身に纏い、畳の部屋に三つ指をついて深々と礼をしていました。
長い黒髪を揺らしつつ面を上げたその姿は、たおやかにして耽美。
そう、その“存在”は、外見上はたった16,7歳の少女だったのです。
◆◆◆
「奴の要求は、ごく単純なものだった」
教官は苦虫を噛みつぶしたような顔で、集まった生徒たちに告げました。
「この大陸を消滅させる前に、ここがどれだけ価値のあるものか、自分に教えろ、と」
それは何でも良いそうです。学科でも実技でも、芸術や精神的なものでも。
「無視するには、奴の力はあまりにも強大すぎた。それに、大きな見返りもあった」
と、教官は小瓶を取り出しました。
「これは、奴に対してだけ致命的な効果をもたらす猛毒だ」
おお、とざわめく生徒たちを制して、教官は説明を続けます。
その存在に色々な事を教える『家庭教師』になった者には、この猛毒が与えられるそうです。
この猛毒を、その存在の体内に一定時間挿入すれば、その存在は活動を停止――死ぬのだそうです。
目的は、ふたつ。
その存在の暗殺。
もしくは、『教育』。
この世界にはもっと知るべきものがあるとその存在が認識すれば、教育に、ひいては暗殺に費やす更なる時間が与えられるかもしれません。
「しかし、注意して欲しい」
教官は、更に続けます。
「奴は、教えられたものは着実にモノにする」
以前にも、その存在を教育した者たちはいたそうです。
暗殺は、悉く失敗しましたが、教育に関しては大きな成果をあげました。
ある者は、格闘技を。
ある者は、武器の扱いを。
ある者は、薬学知識を。
ある者は、礼儀作法を。
その結果、その存在は格闘技を身に着け、武器の扱いに通じ、毒物の回避方法を知り、礼儀正しくなってしまったそうです。
ちなみに、怪しげな方言もその際に覚えたそうです。
「いや最後のはどうでもいいのでは!?」
生徒のツッコミを無視して、教官は続けます。
「つまり、教育すればするほど、奴はより強大な存在になってしまうのだ。教育の内容には気を付けることだ。そして、できればなるべく早く奴を片付けるのだ」
◆◆◆
「せんせぇの授業、楽しみにお待ちしとりました」
その存在は、艶然と微笑みました。
「さあ、早くうちに授業をお願いします。それか――殺して、せんせぇ」