樹海で発見された遺跡は、内部の様子から《工場(ファクトリー)》と名付けられた。
遺跡の内部で教導団の生徒たちを待ち受けていたのは、センサーによって稼動していると思われる迎撃システムだった。
迎撃システムは、今のところ、壁や天井などに取り付けられた光線兵器、円盤型の迎撃メカと量産型機晶姫が確認されている。円盤は教導団の生徒によって持ち帰られており、技術科の楊明花(やん・みんほあ)主任教官が早速分析にあたった結果、動作する仕組み自体は機晶姫とほぼ同じだが、内蔵されているバルカン砲のような武器は光条兵器に近い、魔力で生成した弾丸を撃ち出すものとわかった。
「本当に工場だったのなら、攻撃は侵入者の排除が目的だろうから、建物そのものを壊してしまうような強力な攻撃手段は使わない筈よ。とりあえず、魔法攻撃に強い特殊な盾を技術科で量産しておいたから、持って行くわ」
次回の遺跡内の探索には、深山楓(みやま かえで)ら技術科の生徒たちだけではなく、明花とパートナーの太乙(たいいつ)も同行すると言う。
「楊教官、ひとつ気になったことがあるんです」
詳細を報告するようにとに明花の元に呼び出された楓は、遺跡内の様子を思い出しながら言った。
「床に焼け焦げたような痕……戦闘の痕跡があったにも関わらず、例えばあの円盤の残骸のような、そこで戦闘があったなら当然残っていそうなものが一切なかったんです」
「誰かが、あるいは何かが、それを回収したのではないか、ということ?」
明花は身を乗り出した。
「はい。回収して、修理再生している可能性があると思います」
楓はうなずく。
「だとしたら、どこかに指令を出したり、コントロールを行う場所があって、しかもそれが正常に動作している……ますます面白くなって来たわ。システムや文献は、出来るだけ無傷で手に入れたいところね。円盤や機晶姫のようなものは、サンプルを手に入れることが出来れば、後は破壊してしまっても構わないけど」
明花は不敵に微笑んだ。
一方、遺跡の外では、ゴブリンやオークからなる蛮族の部隊が、武器を持って遺跡を襲撃して来るという事件が起きた。
教導団は、手口などから、この襲撃はテロ集団『鏖殺寺院』によるものだと断定し、今後も襲撃される可能性が非常に高いとして、他校の生徒に対し、樹海内への立ち入りの自粛を要請するコメントを発表した。樹海の外縁部で行われていた体験入学も、安全が確認されるまで中止、自粛勧告に従わずに樹海内に立ち入った他校生を発見した場合、実力をもって排除あるいは拘束するという。自粛という言葉を使っているが、事実上の樹海内立ち入り禁止宣言ということになる。
「安全宣言が出されるまでの間、樹海内で他校の生徒が教導団と鏖殺寺院の戦闘に巻き込まれたり、鏖殺寺院に襲撃されて負傷あるいは死亡した場合も、教導団は一切責任を負いません」
と、教導団の広報担当者は淡々とコメントを読み上げる。
「ただし、テロリストと戦いたいという志を持ち、教導団の規律に従って下さるのであれば、我々は共に戦う同志として迎え入れる用意があります」
現地で保護された生徒で鏖殺寺院と戦う意思のある者が、「義勇隊」の名のもとに戦線に投入される。そこに志願兵も受け入れると言うのだ。しかし、外部との通信を制限され、教導団生徒の監視もつくという待遇は、は懲罰部隊と変わらない。しかし、
「我々シャンバラ教導団は、テロリストを倒し、パラミタの平和維持に貢献するために戦う所存です。皆様のご理解とご協力をお願いいたします」
広報担当者はコメントをそう締めくくった。たとえ内情がどうであろうと、この大義名分を世論が受け入れれば、今回の教導団の行動を邪魔する者は、結果的にテロリストに味方する者とみなされることになるだろう。
「義勇隊の連中は、遺跡前面に配置だな。敵が来るまではバリケードの構築もしてもらおう。前回の蛮族はおそらく小手調べに過ぎん。次の攻撃は、もっと苛烈で、しかも頭を使ったものになるだろう。今のうちに出来るだけのことはやっとかんとな」
本校からの連絡を受け取った現地指揮官の歩兵科教官林偉(りん い)は、顎に浮いた無精髭を撫でながら言った。
今のところ、遺跡への鏖殺寺院の二度目の襲撃はない。明花の到着を待ちつつ、ある程度の長期戦になるのに備え、バリケードの構築など拠点周辺の備えを固めさせているところだ。
「遺跡正面に義勇隊、左右に歩兵を中心とする教導団の部隊。加えて遺跡周囲の哨戒も必要だとなると、やはり遺跡の外に多く人数を割かねばならんな」
「全員で鏖殺寺院を退けた後、ゆっくり遺跡内部の探索をするという選択肢もありますが、楊教官が自身で遺跡に入るおつもりなら、やはり遺跡内部に入る部隊は編成しなければならないでしょう」
風紀委員長李 鵬悠(り ふぉんよう)の指摘に林は盛大にため息をつき、手にしていた生徒名簿をぺらぺらとめくった。
「こうなって来ると、前回のように希望者全員を遺跡の中に入れるわけには行かん。志願者が多ければ、選抜を行うしかないか……」
「私は遺跡の外で、査問委員と共に義勇隊の監視にあたります」
妲己(だっき)の言葉に林はうなずき、再び生徒名簿に目を落とした。
翌日。林は次回の遺跡探索について、希望者が多かった場合選抜を行うと生徒たちに伝えた。鵬悠と『白騎士』のヴォルフガング・シュミットとパートナーのエルダは、遺跡探索部隊への参加を希望している。おそらく三人とも、再び遺跡探索に参加することになるだろう。また、楓も明花の命令で遺跡探索部隊に加わる。
「地球には、宝箱だと思って開けてみたら、実はいけないものの入ってた箱でしたーっ、ていう神話や昔話が結構あるの。開ける前から教導団の中でも、鏖殺寺院とも争いになってるあの遺跡は、もしかしたら私たちにとって『開けちゃいけない箱』なんじゃないかなぁ……」
私が戦争のない国に育ったから、そんな気がするのかも知れないけどね、と楓はネージュに向かって苦笑する。
果たして、《工場》はかれらにとってパンドラの箱なのか。それとも宝の箱なのだろうか。