蒼空学園の空を割り、現れ出でようとした『モノ』。
白き巫女は封じる為に己が力を使い果たし、黒き少女は己が望みを僅かたりとも手に入れる事に成功しました。
『あたし、やっぱり一緒がいいよ……その為に、もっともっと力をつけなくちゃ』
大好きな人たちと共に在る為に。黒き少女は更なる力を求め、闇と石とをその手に宿したのでした。
「御柱さん……ううん、白花さんはいなくなっちゃったのですね」
花壇に向かいながら春川 雛子は顔を歪めました。自分が花壇を壊そうとした事実は今も胸に重く……結果として封印が壊れ白花が消えてしまったのでは、と雛子は自責の念に駆られていたのでした。
「ヒナのせいじゃない」
井上 陸斗が慰めますが、雛子の表情は晴れません。とはいえ、いつまでも落ち込んでいられないのもまた、事実でした。
現在、白花の力で一時的に高まっている封印。けれど白花不在の今、いつまでそれが続くのか……いつまた封印が綻びるのか、分からないのですから。
「せめて花壇の手入れをしなくては……」
力なく言った時でした。目の前を砂色をしたトカゲがちょこちょこ横切って行ったのです。
「サラマンダーじゃない……バジリスク?!」
思い至り硬直する陸斗。サイズは随分と小さいですが、本当にバジリスクなら、目があったら石化するとか体液には毒があるとか、危険なモンスターである事だけは確かでしたから。
しかし、バジリスク(?)は二人には目もくれず。
「ひ、ヒナ……変なのにゃ、身体に力が入らないのにゃ……」
「パムっ!」
前方、倒れるパートナーを発見した時にはもう、トテトテと何処かへと立ち去っていたのでした。
「また犠牲者が……」
保健医の風間先生は陸斗に抱えられたパムを見て、呟きました。保健室のベッドは既に塞がっており、傍らでパートナーの名を呼ぶ悲痛な声が、外にまで響いています。
聞くと、今朝から原因不明の石化症状で運ばれる生徒たちが後を絶たないというのです。
不思議な事に、犠牲者は全てパラミタの者であり、急激に生命力が減る事により足先から石化していく……らしいのです。
「薬も魔法治療も進行を遅らせる事しかできず……。こうしている間にも生命力は失われ続けています……そして、全身が石化してしまったら手遅れになってしまう」
風間先生は沈痛な表情で言いました。
「何か、方法はないのですかっ?」
「石化を一時的にでも遅らせるには、失われた生命力を補ってやれば良い……パートナー間であれば或いは、自分の生命力を分け与える事も可能かもしれません」
「あの、具体的にはどうすればパムを助けられるのですか?」
「直接生命力を注ぎ込む……口移しが効果的だと思われます。但し……」
パートナー同士の信頼関係などがしっかりしていないと成功はしないし、勿論、命の危険を伴うのです。
「でもそれは一時しのぎ、なんだよな?」
「ええ。根本的な解決にはなりません。ですが、原因がどうにもハッキリしなくて」
「心当たり、あるかも。ヒナはここでパムを看病してろ……きっキスとかは、するな!」
言って陸斗は保健室を飛び出しました。まだ身体は本調子ではありませんが……勿論放っておくなんて出来ませんでした。
「多分、あのバジリスクを何とかすれば……」
『ヤバっ、どっどうしよう?!』
花壇では件のバジリスクの群れを前に黒き少女……夜魅が困っていました。
バジリスクから流れ込んでくる大量の力、最初は喜んでいたのですがその内、膨れ上がったそれは徐々に制御を失っていき。
『まぁ、この封印……御柱の結界が壊せるならいいんだけど……』
強がるものの、既に言う事を聞いてくれないバジリスク達に、夜魅は一抹の不安を隠せないようでした。
そして。
「全く、しつこいわね」
≪封印の書≫を抱えたキアは、詰め寄る生徒達に根負けしたように溜息をつきました。
「……いいわ。あんた達が知りたい事があるかどうかは分からない。でも、もし真実の断片を求めるなら、挑んでみる?」
ふわり。
開かれた本。床に降り立ったそこには何もなかった。
本の形に繰り抜かれた、白き空間。
「シャンバラの為に全てを投げ打つ覚悟があるのなら、トラップも他の挑戦者も蹴散らして、最深部までたどり着く自信があるのならば」
キアの挑発的とも思える言葉。最初に本に飛び込んだのは、誰だったか。
「そして、選択する勇気があるのならば……」
試練に挑もうとする者達を見やり、キアはポツリと祈るように呟いた。