「……クリスマスなんて、キライ」
クリスマスカラーで彩られたツァンダの街、行き交う人々は皆、楽しげで。
そのただ中でただ一人、ルルナは暗い顔で呟きました。
すれ違う、手を繋いだ親子連れや腕を組んだ恋人達。
「……ルルナ?」
立ち止ったルルナに気付いた『先生』が足を止め、振り返りました。
その手に抱えられた、大きな荷物。
ルルナは一度唇を噛みしめると、何とか足を動かし後を追いました。
楽しげな嬉しげな笑顔に背を向けるように。
「クリスマスなんて、大ッキライ……っ!」
もう一度そう、呟きながら。
ツァンダの端っこに、『ホーム』はありました。
親を亡くしたり、共に暮らせなくなったり、行き場を失くした幼い子供達を収容する施設です。
作られたばかりのココはただ『ホーム』と呼ばれていました。
その『ホーム』では今、クリスマスパーティの飾りつけが行われていました。
けれど。
「……サボッちゃった」
『ホーム』近くの森で膝を抱え、ルルナは溜め息をつきました。
「……なぁにが、『クリスマスって楽しいね』、よ」
ケンカするつもりなんてなかったのです。
ただ、そう無邪気に笑う笑顔に、胸が……胸の奥がキュッと痛んだのです。
物心ついた時から、ルルナは孤児院にいました。
扱いづらい子供だったのでしょう、齢6歳にして色々な孤児院をたらいまわしにされてきました。
だから、『クリスマス』に楽しい思い出なんてありません。
それでもケンカするつもりはなかったのです。
「手を出すなんて、あたしみたいな大人のする事じゃないわよね。……あの子も先生も怒ってる、よねぇ」
また追い出されるのだろうか、考えると知らず溜め息がもれました。
その時です。
「……あれ?」
キョトンとした顔の男の人と遭遇したのは。
「これはね、雪を降らせる機械なんだよ」
森にいた男の人はそう、照れたように笑いました。
不審者では?、警戒するルルナの視線に気付いた様子もなく、男性は首を傾げました。
「や、正確には違うけど。雪の精霊にお願いしてホンの少し力を貸してもらうんだよ。雪が降ったらみんな、喜ぶでしょう?」
怪しい機械で、怪しすぎる男の人です。
そもそも、空はお日さまピカピカいい天気です。
雪なんて降るわけがありません、そんなのルルナにだって分かります。
でも確かに、クリスマスに雪が降ったらみんな、喜ぶのでしょう。
頭を過ぎる、幸せな風景。
父親と母親と手を繋いだ子供、みんな笑顔で。
その瞬間、考えるより先にルルナの足が動きました。
無意識に繰り出されたキックが、機械にヒットしました。
その瞬間、でした。
ヴィィィィィィィン。
怒りのように悲鳴のように。
機械が大きな音を立てました。
そして。
「!? 逃げ……ッ!」
焦った声と共に強く引かれた腕。
同時にルルナの視界を、白が埋め尽くしたのでした。
「先生、雪!」
「まぁ本当、ホワイトクリスマスね」
先生の言葉に子供は、顔をしかめました。
「違うよ、先生。雪が降ったら寒いでしょ? 早くルルナちゃん探さなくちゃ」
「……ごめんなさい、そうね」
ルルナを探していた先生が、左頬を微かに赤くした子供の頭を優しく撫でた時でした。
「……大変です!」
雪だらけの青年が飛び込んできたのです。
「機械が暴走して、精霊達が怒ったらしく、雪がバ〜ンってなって! あぁ何とかして機械を止めないと、このままでは大変な事に!」
慌てる青年に話を聞くと、どうやら機械を止めないと雪がどんどん激しくなるというのです。
だとしたら、ココも危険です。
とはいえ、子供たちに『ホーム』を出て他に行ける場所もありません。
「それにあの子も助けなくちゃ……でもどうしたら……ッ!?」
更に、逃げる途中ではぐれた子供は、どうやらルルナです。。
「……分かりました。みんな、みんなは『ホーム』に戻ってクリスマスパーティの支度をしておいて下さい」
話を聞いた先生は、子供たちにそう言い聞かせました。
「このお兄さんの言う事を聞いて、ね?」
「……は?」
「すみませんが、あなたはココをお願いします。私はルルナを助けに行ってきます!」
「いやいやいや、ダメです、ダメですって!」
どんどん激しさを増す雪、青年は先生を必死で押し止めながら、心の中で助けを求めたのでした。
一方。
「……ぅ」
白く塗りつぶされた世界で、ルルナは薄く目を開けました。
辛うじて岩の影に滑り込んだ身体は、既に感覚が失われつつあります。
このまま意識を手放してしまえば多分、楽になるのでしょう。
けれども。
「……これ、あたしのせい、だものね」
吹雪に混じって、微かに異音が響いています。
それを厭うように苦しむように、吹き荒れる雪……雪の精霊の悲鳴。
「ちゃんと、責任とらなくちゃ、大人じゃない、もんね」
言い聞かせるように呟き、ルルナは小さな手を握りしめたのでした。