ツァンダ南に位置する山岳地帯には、炭鉱による鉱石の発掘によって生活する村が点在しています。
そんな山岳地帯にやって来た少年は――コビア・ロンは、ただいま一、人魔物相手に奮闘中です。
「はああぁぁッ!」
気合の声とともに振り下ろした刀が魔物を切り倒しました。
さらに、旋回して振り向きざまに振った一振りもまた、背後から襲いかかろうとしていた魔物を切りつけます。
すかさず追撃を加えると、魔物たちはこれ以上戦うことを止めてその場から立ち去りました。その背中を見送ったコビアは、ようやく安堵の息をついて刀を納めました。
すると、後ろからなにやらパチパチと拍手と音が聞こえてきました。
「いやー、しかし見事な腕前になったもんね。わたしもびっくりよ」
「まだまだ、あなたとなら比べ物にならないですよ…………師匠」
師匠と呼ばれた女――ミューレル・キャストは、弟子が戦っていたというのにのんびりとひょうたん酒を片手に笑っていました。
マホロバの出身であるためか、着物のような衣装に身を包んで肩だけをおおっぴらに露にしています。
「いやいや、それだけ戦えるならもう十分ってね。わたしが教えることは何もないってもんよ」
ミューレルは布に包まれた巨大な太刀を掲げて言いました。
もともと、コビアはシャンバラ大荒野を渡って商売をするキャラバン『ジンブラ団』に所属する少年でしたが、いまはこうしてミューレル――そして一人の機晶姫とともに各地を巡る旅をしていたのです。
さて……問題の機晶姫が帰ってきたようです。
彼女は大量の薪を胸に抱えて、おぼつかなさそうによろよろと歩いてきました。山岳地で岩がごろごろと転がっていることもあり、思わず足を踏み外してしまいそうになります。
「シアルっ!?」
とっさに駆け寄ったコビアは、シアルの腕を引っ張ってなんとか転ぶのだけは防ぐことができました。薪も落とさずに済んだようです。
「良かった……」
「ご、ごめんね、コビア」
「いや、君が無事だったなら良いんだ」
二人の距離がいつの間にか近づいています。
それをニヤニヤと見つめているのはミューレルであり、そんな彼女に気づいたコビアは、思わず頬を赤くしてシアルから離れるのでした。
すると、強烈な風の吹き上がる音が耳を打ったはそのときでした。
「なに……?」
「た、助けてくれええぇ!」
続いて聞こえてきたのは、悲鳴でした。
気づけば、男がコビアたちのもとに慌てふためきながら近づいてきています。そして、男の背後では……耳を打つ風を巻き起こしている巨大な怪鳥の姿がありました。コビアも見たことがないほどの巨大なその怪鳥は、奇声のような鳴き声をあげて男に襲い掛かろうとしていました。
「……ッ!」
男の前に飛び出したコビアの刀が、寸前まで迫った怪鳥の鉤爪を弾き返します。
それで一思いに男を捕まえてしまおうとしていた怪鳥は、思わぬ邪魔が入ったことですぐにその場を立ち去っていきました。
山岳の頂上に向かって飛び立った怪鳥を見送って、コビアはようやく男に話しかけました。
「大丈夫ですか?」
「う……あ、ああ、ありがとう。本当に、助かった……」
いまだ恐怖がぬぐいきれていないようで、がくがくっと足を震わせながら男はようやく立ち上がりました。雨に濡れたようなくしゃくしゃの髪でどことなく芝居がかった喋り方といい、胡散臭そうに見えなくもない男でした。
コビアに遅れて、ミューレルとシアルがやってきます。
「あ、あんたたち、もしかして冒険者かい?」
「冒険者ってわけじゃないけど……まあ、そんなところかしら。わたしたちはただ旅をしてるだけだけど」
「な、なるほど。でも、そ、そう……君のあの刀の腕は見事だった!」
コビアを見やった男が、興奮したままコビアの腕をとって感動の言葉を口にしました。
「いえ、そんな……」
「そんな謙遜することはない! ところで……そんなあんたのその腕を見込んで頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
なんとなく予感はしましたが、コビアはとりあえず聞いてみることにしました。
「実は、俺はこの付近の村で山岳の炭鉱夫をやってるんだ。この辺じゃあ、ここいらの鉱山で生計を立ててるのがほとんどだし、村の収入源みたいなもんなんだ。それが……最近になってあの怪鳥が鉱山に住み着いてからってものの、なぜか発掘作業をいっつも邪魔しやがるんだ」
「ふむ……それは、困ったものね」
ミューレルが同情すると、男はさらに興奮して話を進めました。
「だろう!? だから、あんたたちに頼みってのは……その怪鳥を退治してもらいたいんだよ。あいつ……すい数日前には、俺の甥っ子まで山の谷底に落として殺しやがったんだ」
男は甥っ子のことを思ってか、悲痛そうな表情になりました。だからこそ、ある程度の実力を持った旅人を探していたのでしょう。
「どうだい? 頼まれちゃくれねぇかい?」
「んー、でも……」
彼の言う甥っ子のことを思うと気持ちは分からなくはないが……。コビアは助けを求めるようにミューレルのほうを見ました。
すると、ミューレルは悪戯めいた笑みでなにやら愉しげに頬を緩ませていました。そして、勝手に男に返答します。
「面白そうじゃない。その話、受けさせてもらうわ」
「ほ、ホントかい!」
「もっちろん。なーに、このコビア君がいれば、安心して任せてもらっていいってね」
そうか。嫌な予感はミューレルのことだったのか……。
気まぐれな師匠のやはり気まぐれな返答を聞いて、彼女相手であれば抵抗もむなしいだけに終わるだろうと、コビアは深くため息をつくのでした。
怪鳥退治を依頼されたコビアたちは、仲間を募って怪鳥が住み着いているとされる山岳の頂上を目指すことになりました。ぜひ、皆さんの力で彼らを手助けしてあげてください!