シャンバラ大荒野内にあるシャンバラ刑務所は、五千年前、古王国だった巨大な牢獄を改造して利用しています。
しかしここ最近、犯罪者の数が増えてきたこともあり、拘置所を含む別棟が新たに作られました。襲撃される可能性も考え、既存の建物とは離れたキマクに程近い場所です。
元々の建物と区別をつけるため、「シャンバラ刑務所・新棟」と名付けられましたが、長すぎるので別の名前で呼ばれています。
「やな感じだねェ」
新棟の所長でジャスティシアの南門 纏(なんもん・まとい)は、受刑者の資料をデスクに放り投げました。
「どうかしましたか?」
パートナーのジュリア・ホールデン(じゅりあ・ほーるでん)がその資料を取り、僅かに眉を顰めました。ちなみに彼女はトランスヒューマンです。
それは裁判を待つ容疑者の資料でした。この新棟に収監されるのは、基本的に懲役一年半以下の軽犯罪者のみですが、中には普通の留置場や拘置所では危険と判断された人物も送り込まれることになっています。
なぜなら、他では彼らを奪還しようとする者を防ぐだけのシステムと人材がなく、まだ容疑者の段階でシャンバラ刑務所に収監するわけにはいかないからです。
そして今回送り込まれることになったのは、つい二ヶ月ほど前に空京を爆弾騒ぎでパニックに陥れた犯人、アイザック・ストーンとウィリアム・ニコルソンの二人です。
これまでの取り調べの結果、主犯と共犯がいたことまでは分かっているのですが、その正体と目的は判明していません。どうやら当の二人も詳しいことは知らず、愉快犯ということで近々、正式にシャンバラ刑務所へ収監されることが決まっています。
「どう考えてもさ、脱獄してください、って言ってるようなものじゃない?」
「そうでしょうか? 我が新棟の警備を買われたとは思いませんか?」
「思わない」
あっさりと纏は答え、窓の外に目をやりました。
「だってそうじゃないか。この新棟には、その気になれば誰でも入れるし出られる。そんな場所にこんな危険人物を送り込むかねェ……」
オレンジの服を着た受刑者たちが連れ立って出ていきます。彼らは外で、廃墟の片付けをするのです。
新棟の周囲は深い濠で囲まれ、職員も移送されてきた受刑者も、出入りするにはたった一本の跳ね橋を通るしかありません。塀には電流が流され、囚人は武器を取り上げられ、機晶石を使った首輪をはめられます。これは居所が分かるばかりか、【サンダークラップ】と同じ効果をもたらすため、スキルを使うことはほぼ不可能です。
長くても一年半我慢すれば出られるのですから、わざわざ脱獄しようとする者は、まずいません。それで罪が重くなっては、元も子もないからです。
それに三度三度の食事も出るため、しばらくしてまた戻ってくる者も少なくありません。
しかし、爆破犯の二人がそれに当てはまるとは思えません。彼らは裁判の結果待ちのため、内外での作業は免除されますが、大人しく服役するとは纏にはどうしても思えません。
「敢えて共犯者を燻り出す、とか」
「鋭い。ありうる」
うんうんと纏は窓越しにパートナーの顔を見て、頷きました。
「ま、だとしても、あたしらはいつも通りのことをするしかないんだけどさ」
三日後、気だるげなアイザックと、好奇心を隠そうともしないウィリアムがやってきました。
――さあて、どう出るかね。
ここはシャンバラ荒野内、シャンバラ刑務所・新棟。通称、パラ実プリズン。はてさて、どんな事件が待ち受けているのでしょうか……?