ヒラニプラのとある村。
その日――その村では、ある青年が保護されていたのでした。
ガツガツガツガツ、むしゃむしゃむしゃむしゃ……
「ほえー…………あんたもよう食うもんじゃねえ。よっぽどお腹が空いてたんじゃな」
目の前で村人たちが用意した食事をむさぼり食う青年を見ながら、村の長老らしき老女が感心した声をあげていました。
そのほかにも、青年を見る村人たちが長老の後ろにいます。誰もが、そのあまりにも勢いの良い食いつきっぷりに感心、あるいは呆然とした目を向けていたのでした。
そして。
「ふぅ…………美味かった」
最後の一口をぺろりと口にして、青年はカラン、と食器を置きました。
そんな青年の髪は鮮やかな金髪で、その隙間から生えているのは、狼を思わせる耳でした。
――獣人。
村人たちの誰もが、青年の種族を推測出来ます。
「そうかそうか。いや、美味かったならなによりじゃ」
老女はほがらかに笑いかけました。
「旅に夢中になると、つい食事を取るのを忘れてしまう。駄目な癖だ」
「ほほほ……面白い奴じゃのぉ。よっぽど、なにか大切なものを探しているとお見受けするが?」
食器を村人に片付けさせるよう指示しながら、老女が訊きました。
「大切なもの…………。まあ、確かに、そうかもしれない」
「まあ、なにを探しておるかは知らんが、二、三日はこの村でゆっくりしていくと良い。大したものはだせんが、食事も用意しよう。ただ――近いうちに旅立つことは、お勧めするがの」
「それは、どういう……?」
「ここ数年、近くの炭鉱に住み着いたビッグベアどもが、たまに麓に降りてきては村を襲い、食料を奪ったり人を傷つけたりと、暴虐の限りを尽くすのじゃ。これ以上、この村に住み続けてても仕方あるまい? 近いうちにみな、村を出るつもりじゃ」
ビッグベア。
凶暴な動物型モンスターの一種で、その強靱な筋肉によって振り下ろされる鋭い爪は、竜族の鱗すら砕くという。
「大昔、わずかな先祖が必至に開拓してようやく形になった村じゃったが……これも運命というものじゃろう。そろそろこの村も仕舞いじゃ」
老女は寂しそうにそう言って、情けなく頭を振りました。
青年はそこで先ほどから感じていた視線の正体に気づきます。それは、子どもの視線でした。お腹を片手でさすりながら、自分が食べていた食料を羨ましそうに見ていたのです。
(そうか……。なけなしの食料を……)
青年はしばらく考え込み、やがて立ち上がりました。
「……?」
「俺がいく」
「な、なに……?」
「俺が、そのビッグベアどもを退治してきてやる」
「し、しかし……見ず知らずのお前さんにそんなこと頼むわけには……」
老女が慌ててそれを引き留めようとします。
しかし、青年はそれを優しく拒みました。
「食事の礼はしなくてはならんしな。――それに、俺一人じゃない。シャンバラには各地に契約者という地球の冒険者たちもいる。彼らに協力を仰げば、ビッグベアたちと対抗するぐらいの戦力は集められるだろう」
青年はそう言って、長老の家を出て行こうとしました。
その途中、先ほどから視線を送っていた子どものもとではたと止まり、彼の頭にぽんと手を置きました。少年が、そしてその傍にいた母親が、不思議そうに見上げています。
「……安心しろ。必ず、救ってやる」
青年は――金髪の獣人ガウルは、力強く言ったのでした。
空京にある、とある宅配会社でのアルバイトを終えた獣人の娘リーズ・クオルヴェルは、しばらく旅を続けていく内にヒラニプラにたどり着きました。
その、ある辺境の炭鉱近くで、彼女は路銀を稼ぐためにある依頼を受けることになります。
それは――
「炭鉱に住むビッグベアたちの退治?」
「そう。なんでもその炭鉱には多くの機晶石が眠ってるらしいんだがな。凶暴なビッグベアどもが住み着いたせいでおちおち発掘なんてしてられないってことらしい」
麓の町で冒険者に依頼を斡旋してくれる店で、念入りに依頼書を見ているリーズに店主がそう言います。
「炭鉱夫たちもほとほと困っているらしいな。どうだい? 受けてみるかい?」
「うーん…………」
もともと、困っている人を放ってはおけない性分の娘です。
だけど、受けたいのはやまやまのようですが……気がかりなのはその数。多くのビッグベアたちを相手にするには、リーズ一人では無謀というものでした。
しかし、彼女はしばらく考え込んで、ひとつの結論にたどり着きました。
(契約者の人たちに協力を頼んでみたら……なんとかなるかな。幸い、会社の人脈もあることだし)
こう考えてみると、アルバイトもそういった意味で役に立つことでした。
「じゃあ、おじさん。この依頼、私が受けるわ」
「お、本当かい。それじゃあ、頼んだよ」
「まっかせといて」
リーズは依頼書にサインをしてから、不敵な笑みを見せて店を立ち去りました。
肩にかけ直された古びた剣がガシャリと音を立てます。それはまるで、剣さえも同意を示しているかのようでした。
かくして、二人の獣人がそれぞれに炭鉱へと赴くことになりました。
目的はビッグベアたちの退治。それを手伝うのは、他ならぬ契約者たちなのです。
どうか、皆さんで彼らの手助けをしてあげてください!