「何ぃ!? 季節外れのインフルエンザで、出演予定のタレントが全員リタイアだとぉ? ふざけるなぁ!」
腰まで届く銀色のポニーテールを揺らして部下を怒鳴り散らしているのは、マーガレット・スワン。華麗な容姿と名前に似合わぬ強引さで、「温泉へGO!」を人気番組に育てた空京TVのプロデューサーです。
「収録は明日だ! 素っ裸で水風呂や熱湯風呂に飛び込むくらい根性のあるタレントを、すぐに手配しろ!」
「裸は放映できません……」
「あたりまえだろ! ただの、例え話だ!」
しかし、マーガレットは、心の中でこんなことを呟くのでした。
もし、レポーター志望のタレントの卵が大勢集まったら、氷水に飛び込ませるくらいのオーディションを開催してもいいんねえか? それも放送しちゃえば、視聴率ガッポガッポ稼げるんじゃね?
ちょうど同じ頃。
「はあ……どうして、うちの宿ばかり、こんな目に……」
風船屋の女将の音々(ねね)は、深いため息をついていました。
13歳で老舗の温泉旅館の女将となった黒髪の小柄な少女を悩ませているのは、一本の桜の老木。
大広間の襖を開くと、庭の中央に見えるこの木は、毎年、大勢のお客さんを風船屋に呼び寄せてきました。
都市部の開花時期よりも遅く、ちょうど5月の連休の頃にお花見ができることは、春の行楽シーズンの一番のセールスポイント。
人気番組「温泉へGO!」で取り上げられることになったのも、この桜の木のおかげです。
それなのに……、
「なんで、今年に限って、花が咲かんのや!」
「困りましたなあ……木が枯れている様子もありませんし、植木屋にも訳がわからないようで……」
板前の源さんも、首を傾げるばかりです。
「明日、ロケ隊の皆さんが到着するまでに花が咲かんかったら、風船屋は、もう、おしまいや……」
数々の不運に見舞われてきた風船屋が、再建するための手がかりとして、明日の撮影は、どうしても成功させたい音々ですが、今は、もう、ため息をつくことしかできません……。
音々と源さんが、憂いの視線を投げた桜の木のてっぺんでは、7歳くらいの見目麗しい少女が、山で拾った温泉ガイドブックを眺めていました。
「早くお祭りはじまらないかなあ。楽しみだなあ。いろんなことしていっぱい遊びたいなあ」
古風な衣装に身をつつんで、お客さんを待っているのは、英霊・平清盛。
長い年月をかけてナラカからパラミタへ至るうちに、性別が逆転したようですが、派手なことが大好きなのは史実通りのようです。
実は、桜の開花を送らせているのは、彼女から溢れ出る特殊な波動のせいなのですが、本人は全く気付いていません。
今が見頃の山桜を背景に、庭の中央で、立派だけれど寂しい枝を伸ばしている桜の大木。
この根元で、清盛を満足する祭りが開かれれば、波動に何らかの変化が起こるかも……?