波羅蜜多実業高等学校

　ツァンダ家に連なる貴族 レティーシア・クロカス（れてぃーしあ・くろかす）は深刻な顔で小さく唸りました。
　というのも、先日捕まえた魔女が突如として失踪したからでした。
　やっと目が醒めたので取り調べを行おうとしたほんの数分目を離した隙に姿を眩ませたそうです。
「それで、最後に目撃された場所が此処です」
　広げられた地図の一点を示されて、レティーシアは眉を潜めます。
「怪我も治って歩くのも満足にできないというのに、それに、こんな短時間で此処まで移動しているのも不自然だわ。協力者でもいるのかしら？」
「レティーシア様！」
「なんですか、騒々しい」
「緊急の救援要請です」
「救援？　内容は？」
「村がサラマンダーで占拠されたとのことです」
「場所は？」
　問われて部屋に駆け込んだ従者はテーブルに広げられた地図の一点を示しました。
「此処は……」
　魔女が最後に目撃された場所にほど近いです。
「サラマンダーに占拠された村ですか……魔女と関連が無いとも限りませんわね。むしろ怪しいくらいですわ。サラマンダーの数も尋常ではないですし、契約者の方々に応援を頼みましょう」



　サラマンダーが囲う中心にハーフフェアリーの少女が地面に座り込んでいます。
　意志が宿らぬ瞳を見開いたまま彼女はただひたすら歌っていました。
　その歌に合わせて呼び寄せられたサラマンダーが舞い踊り、一体、また一体と融合していきます。
　それを更に取り巻くように熊や狼、野犬等の森の獣達も数匹暗い目をして徘徊しています。
　涎を垂らすままにしている姿を見るとどうやら正気を失っている様です。



「凄い数ぅ」
　村に徘徊するサラマンダーの多さに顔をフードで隠す黒衣の男に抱かれた魔女ルシェード・サファイスは笑います。
「これが楔を打たれた結果？」
「そうだ」
　男の断言にルシェードは、ふぅんと嫌らしく笑いました。
「その様子じゃ、失敗みたいねぇ」
「……ああ」
「じゃぁ、失敗作は処分？」
「否。処分は避けたい。その為におまえをツァンダ家から連れてきたんだ」
「どーいう意味ぃ？」
「知識を貸せ。俺では起動コードで変態した被験者を元に戻すことはできない」
「ほっとけばいいじゃない」
　面倒臭そうに目を細める彼女に男は首を横に振りました。
「ひとつ失うのでも大きな損失だ。少女が産んだ子供が成功する可能性がある。それに出し惜しみするなよ。俺はそれなりにおまえの知識を買ってるんだ。出来るだろ？」
「まぁ、助けてはくれなかったけど逃がしてくれたから手を貸すのはやぶかさじゃないけどぉ、この数じゃ流石のはなちゃんでも無理じゃない？　近づけないんじゃぁ、お話にもならないわ」
　聞かれて破名・クロフォードは頷きます。
「だからツァンダ家に救援要請を送った。匿名で」
「は？」
「俺ひとりではどうしようもできないからな。他人の力を借りることにしたんだ」
「え、ちょっと待ってよ。ツァンダに救援って。てか、元はと言えばはなちゃんが引き起こしたことじゃないぃ？」
「ああ。色んな意味で全部ひっ被ってくれ」
　そして、悪魔は笑ったのでした。
　サラマンダーに占拠された村にはずっとディーバの歌声が響き渡り続けています。

　はじめましての方もお久しぶりな方も、こんにちは。保坂紫子と申します。
　どうぞよろしくお願いします。



　少女について。
　ハーフフェアリーで外見年齢は十歳前後です。
　突然ディーバにとなり癒しの歌と怒りの歌を交互に歌っております。
　その歌の影響を受けてかサラマンダーは多少攻撃的になっています。
　村の中心に近い場所で瞬かず開かれている瞳でただ虚空を見据え、その場に座り込んでいます。
　また、露出している肌全てに白い古代文字と螺旋状の刻印が浮かんでいます。
　どうも刻印が原因で暴走している様子です。

　サラマンダーについて。
　少女を中心に半径百メートル以上離れることはありません。
　当初は百体近く有りましたが融合を繰り返して、現在は全長約二メートルほどの大きさのが三十体くらいに減少しております。
　また、時間の経過に比例して融合合体し個体数を減らしながら巨大化していきます。

　森の獣について。
　呼び寄せられたサラマンダーと同じ理由で少女の歌に惹き寄せられている様です。
　人を警戒する知性をも失っていて、近づけば容赦なく襲ってきます。

　村人について。
　幸い迅速な団体行動で隣村に避難しています。
　村長と少女の両親、数人の男達が村入口で成り行きを見守っています。
　また、救難要請をしたかと質問してもまだしていないと答え、助けに来てくれた契約者達を大変有り難く思っています。

　悪魔破名・クロフォードと魔女ルシェード・サファイスは近くの民家に身を潜めて事の成り行きを見守っています。
　とりわけ再度捕まることを面倒と捉えているルシェードは先程から落ち着きがありません。歩けない体で逃亡の算段を立てているようにも見えます。

・慎重にしかし確実にサラマンダーを殲滅していく。

・取り調べる前に失踪した魔女を探して再逮捕する。