昔々、この地に悪しきものがありました
草木は枯れ、鳥も動物もじっと息を潜め、人々も笑顔を失っていきました
しかしある時、一人の巫女がこれを封印しました
そうして、この地に平穏が戻ったのです
悪しきものを封じた聖なる庭、巫女は今もそこで見守ってくれているのです
ツァンダに伝わる昔話より
「今日も頑張りましょう!」
蒼空学園の広大な敷地。その一角に、ぽっかりと寂れた空間がある事はあまり知られていません。花や木々などの植物は根付かず、小鳥達さえ寄ってこないと噂される、学園に不似合いな打ち捨てられたような場所。
春川 雛子(はるかわ ひなこ)と井上 陸斗(いのうえ りくと)は今日も、花植え作業にやってきました。
先日の大雨の影響で、折角植えた草木はほとんどがダメになってしまいました。けれど、元気に根付いた一輪の花の他、僅かながら無事なものも数本あり、二人もそれを励みにしているのでした。
異変は、その時起こりました。
二人が今まさに花を植えようとしていた場所、そこから黒い光が飛び出したのです。
酷く禍々しい、底光りのする光る闇。
「なっなんだぁ?」
驚きの声を上げている間にそれは、学園のあちこちに飛び散りました。
「今のは、一体……?」
『……願い……です……どうか……』
異変は更に続きました。
振り向いた二人の瞳が捉えたのは、白い少女でした。一輪の花に重なるように、その身体を透けさせ、少女は微かな『声』を振り絞りました。
『申し訳……ありませ……私の力が及ば……封印が破られて……災厄が一部……解き放たれ……』
「災厄?」
ドォ〜ン
「なっ、何だ?!」
陸斗が目にしたのは、巨大な水柱……いえ、うねうねと蠢くそれは、巨大な水蛇でした。
「「「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」」」
蒼空学園の誇る広く美しいプール。競泳プールの他、流れるプールやウォータースライダーも完備したそこでは今日も、たくさんの学生達が楽しんでいたはずです。
しかし今、そこから聞こえてくるのはまぎれもなく悲鳴です。
「あれがその、災厄ってやつなのか?」
『そうです』
「行くしかない……って、どうやって倒せば!?」
『核を……破壊すれば……まずは……水に散らばる……黒き力を……削いで……』
「……分かった。つまり斬って斬って斬りまくればいいんだな!」
『………………えぇと、はい』
「よし分かった、行って来る! ヒナは安全な場所にいろよ!」
言うなり駆け出す陸斗。
「にゃにゃにゃ、ヒナここは危険な気がするのにゃ、逃げるのにゃ」
残された雛子に届く、パートナーの主張。白き少女の背後、ただ青い空がみえるだけのそこ。けれどそこから、不気味な……先ほど目にした黒き光と同種の禍々しい気配を感じ取っているのでしょう。
しかし雛子は同時に気づきました。白き少女の手足に絡みつく、不気味な蔦に。それはまるで意志あるように、少女の華奢な手足を締め付け……その度に少女の顔に苦痛が浮かぶ事に。
だから。
「どうしたら貴女の力になれますか?」
『……』
「何をすれば良いですか?」
『……この花は貴方やたくさんの人の思いを受け、道となり……そして同時に要となっています……ですから周囲に花を……封印の補強に……』
「分かりました。花を植えれば良いんですね?」
『ですがそれは危険……もれ出す瘴気で生命を削る事になるやも……それにあの水の蛇を止められねば……封印が完全に解け……全てが無駄に……』
「大丈夫です! 陸斗くんは勿論、蒼空学園の皆は絶対、あんなものを放っておきませんから!」
雛子は慌てるパートナーを制して、言いました。
「私には陸斗くん達みたいに戦う力はありませんけど、この学校に危機が訪れているなら、何かしたい……そう思うから」