シャンバラ教導団の海開きは、毎年訓練を兼ねた砂浜ランニングと遠泳となっています。
これまではただ長い距離を泳ぐだけだったのですが、今年は少し様相が違うようです。例年使っている、浜から沖の小島に渡る遠泳コースに、危険な生物の出現が確認されたのです。
まず、パラミタホホベニザメ。外見は地球のホホジロザメとほぼ同じですが、攻撃行動に入ると頬がピンク色に染まるため、この名が付けられています。数匹の群れで行動し、血の匂いに敏感で、海の中に血を流している生物がいれば、高速で集まって来て獲物を血祭りにあげる、攻撃的な生物です。このホホベニザメの群れが幾つか、遠泳コースを含む海域を回遊しているのです。
さらに、オオコウテイイカ、ダイオウダコ、スイライクラゲという、体調が10メートル近い巨大なイカ、タコ、そしてクラゲの化け物も確認されているようです。イカとタコは巨大なだけで、毒や針などやっかいな攻撃手段は持っていないのですが、近寄る生物はすべてエサと認識し、長い腕で叩いて気絶させたり、締め上げて食べようとします。もっともやっかいなのがクラゲで、地球のクラゲのように足に毒を持つだけでなく、エサを捕獲するためや身を守るために、大量の爆弾(一定以上の衝撃を与えると爆発する水風船)を体内から吐き出すのです。いずれも、生身の人間が一人で立ち向かうことはとうてい出来ないモンスターです。
しかし、シャンバラ教導団の教官たちは、遠泳を中止するつもりはないようです。それどころか、訓練を兼ねて、生徒たちにこれらのモンスターを掃討させようとしています。
「困難を自らの手で切り開いてこそ、シャンバラ教導団の生徒と言えるのではありませんか。挑む前から尻尾を巻いて逃げ出すのでは、それこそ名折れでしょう」
と言うのが理由です。
「万一の時に備えて、護衛艇や救助用の大型ボートを出動させる。また、この訓練中に限り、個人が現在持っている武器の他に、大型の強化水中銃や特殊ナイフ、防護ウェットスーツの貸与を行うこととする」
水上・水中訓練の責任者である浪 飛燕教官が、講堂に集まった学生たちに向かって言いました。
「アサルトカービンに防水加工が必要なら、開発部へ持って来て。水中で潜って撃てるようにはならないけどね。それから、開発中の筋力増強スーツの試作品があるから、希望者にはそれも貸し出すわよ」
技術科主任教官の楊 明花が、手に持ったウェットスーツ風の装備を示します。
「ただし、このスーツにはリスクがあるわ。今の段階では、普段以上の筋力を無理に出すものでしかないから、疲労が早いの。あなたたちなら、いいとこ累積時間で30分の使用が限度かしらね。機能のON/OFFは一応できるけど、使いどころを間違うと、モンスターの前で力尽きて身動きが出来なくなるわよ。それから、スーツが破壊されても行動不能になるから、使い方は良く考えてちょうだい」
「かなりの危険を伴うので、体力温存のため遠泳前後の砂浜ランニングは今年は行わず、また、例年と違い全員強制参加とはしない。自らの力と教導団生徒の誇りを示したい者の参加を求める」
浪教官は、そんな言葉で説明を締めくくりました。
なお、掃討作戦が失敗した場合、夏休み中に補習という名の訓練が追加されることになります。
補習を避けるためにも、教導団生徒の誇りを示すためにも、作戦を成功させねばなりません。