ツァンダの東に位置する森の奥地。そこには、古来より住む獣人たちの集落がいくつも集まっていました。
そんな集落の一つ『クオルヴェルの集落』に、いま、森の運命さえも脅かす危機が迫っていました――。
「兵の報告では、ついに死者まで出たとのことだ」
「どうするかね、若長よ」
集落の男達は、若長であるアールド=クオルヴェルに憐憫の目で訴えます。
ついには死者まで出た、というのが、まさに鬼気迫る状況を物語っているのです。
「……ガオルヴが復活するまで猶予は残されていないな」
若長は苦悶の顔で言いました。
ガオルヴ――それは、森の奥地にある神殿へと封印されている、魔獣の名です。
魔の瘴気を身に纏い、醜悪な本能だけで生きる悪魔の獣。かつて、伝説の英雄であったゼノ=クオルヴェル、若長の父が封印したはずの獣でした。
しかし、封印を施した張本人も亡くなり、長年の時を経て、封印が綻び始めていたのです。
綻んだ封印から溢れ出てくる瘴気は、異形の魔物たちを生み出し、森で生きる者を襲ってきます。
いまはまだその数も少なく、耐え切っていますが、このままではいずれ敵に滅ぼされてしまうのは目に見えていました。まして、ガオルヴが復活してしまえば、森そのものの平和が危ないのです。
「父さんっ!」
突然、試行錯誤する若長たちの前に現れたのは、一人の少女でした。
彼女の父である若長も、その傍らで付き添う母親も、若長を囲う男たちも、「リーズ……」と呆然としたように呟きました。
「ガオルヴを倒しに行くべきよ。このまま、ただ黙っていたって、何も変わらないわっ」
「……ガオルヴは我々の屠れる存在ではないのだ、リーズ。だからこそ、私の父、そしてお前の祖父であるゼノ=クオルヴェルは封印を施すしかなかった」
「だからって、何もしないで見ているって言うのっ!」
リーズは父親に喰らいつきます。しかし、何の感慨も抱かぬように、まるで動じぬ若長は非情にも告げました。
「ゼノはもういない。封印を施せるものはいない。……形あるものは滅びるのだ、リーズ。民を安全な地へと移動させるのが、最も得策だろう」
「父さんは……それでもゼノの息子なのっ!?」
リーズは憤慨し、ついに溜まっていたものを全て吐き捨て、そうして若長たちの部屋から出て行こうと、身を翻しました。
扉の前まで来たリーズは、哀しげな顔で振り向き、父をきっと睨み据えます。
「ゼノは……お祖父ちゃんはわたしが小さい頃に言ったわ。この地を、みんなが住むこの地を、みんなが幸せだと感じるこの地を守ること、そして、そんなみんなの幸せを守ること。それが、戦士の役目だって」
若長は悄然とも、憮然とも取れる顔つきで、リーズを見つめているだけでした。
「父さんは臆病者だわっ! わたしは、一人でも、戦ってみせる。わたしが、ゼノの意志を継いで、ガオルヴを倒してみせるっ!」
そうして、リーズは部屋を飛び出していきました。
「あなた……」
リーズの母親、リベル=クオルヴェルは娘を心配した顔で呟きます。
「……心配するな、リベル。あいつはあれでも私の娘だ。そう簡単にはやられん。それよりも、助力のほうは仰げそうか?」
「ええ、たくさんの地域に伝言を飛ばしておきました。なんとか、間に合うといいのですが」
「……うむ」
なにやら画策する二人を知らず、リーズは決意を胸に森へと出立しました。
リーズの運命、集落の運命、そして森の運命は、貴方の手にかかっています。
英雄たちよっ! その腕を振るえっ!