ザンスカール北部、イルミンスールの森の奥地に青々とした木々に囲まれた小さな集落があります。
インフラや交通はしっかり整備され、娯楽施設や宿屋も多く街と呼ばれてもおかしくない、しかし静かな土地です。
そこは要人や地位ある者、更には基本的に裕福な人々が利用する避暑地でした。人々がゆったり休む姿がその場には見えています。 バカンスを楽しむ人々がいるそんな地から丁度一キロ離れた場所に生い茂る木々が全く無い、円形のエアポケットがあります。
直径十メートル程の空き地に三つの人影、そして三つの巨大な石の影がありました。
一直線に並んだ人影の中の一つ、黒いロープを纏いヒールの足音を立てる小柄な女性、ディティクト・ノワールは右の一人に顔を向け、声をかけています。
「出来あがったのなら、合わせるわよ?」
彼女の顔の先に控えるのは全身を真緑で整えた男、ツブヤッキー・トライフォード。靴も帽子も着ている背広も緑色な彼は歯を見せて笑いながら、
「ええ、どうぞどうぞ。ノワール様がやりたいようにやってくれればいいですのよー」
ツブヤッキーが許諾の言葉を吐くと、ノワールは身体を反転させて振り仰ぎ、
「合身! 足だ、身体だ、頭だ!」
巨大な石、否、人体の各部を模した石像を一か所に纏めていきます。彼女が巨大な岩石が粘土のように混じり合い、ディティクトらが立つ地面すらも取り込みながら肥大化していきます。
彼女ら三人を持ちあげるようにして、地面がせり上がっていく、という表現がしっくりくるでしょう。
その結果できあがるのは、
「名付けて、質量特化型ロックゴーレムという所かしら?」
全長百メートルを超える、茂る木々を見降ろす石の巨人です。
彼女らはその頭内部、大理石製の椅子が三脚、正三角を描く様に用意された空間に立っていました。
構造はシンプルで椅子の他には突起も無く、精々八畳ほどの平面があるだけです。
頭部前面は透明な鉱物で構成されており、視界が確保されています。
自分の構成物に満足したのかディティクトは頷くともっとも大きな肘掛椅子に座り、
「……よし、行くわよ!」
石像の操作を開始しました。が、
「ん?」
一度首を傾げ、肘かけから手を離します。そしてもう一度肘かけを掴み、
「行くわよー?」
新たに発進宣言をしますが彼女の足下のゴーレムは動く気配を見せません。約二十秒彼女は沈黙した後、背後の椅子に居る緑の男に視線を当て、
「……ねえツブヤッキー、忘れていないでしょうね? 私はアンタが『エリザベートにひと泡吹かせることが出来る』って言ったから、アンタが名付けたカイトー一味なんて括りを我慢しながら一時的に協力しているってことを」
「ええ、ええ。勿論分かっているザマスよ。しっかり理解した上でアタシもこのゴーレムを設計したんですし」
「なら何で重量計算してないのよこの馬鹿! 大きく重く作り過ぎて私の操作が細部まで行き届かないじゃないの!」
熟練のゴーレム使いでもあるディティクトが歩行の動作を望んでも、巨大ゴーレムは命令に従いません。精々膝がゆっくりと曲がっていくだけです。
「ありゃあー、これじゃあ一命令に一動作が限界ですのねー。何でこんな事になったんでございましょ?」
「アンタの設計通りに作ったらこうなったんでしょうが! 何が各部連結点に動作補助のコアがある、よ。力が微弱過ぎて結局ちょっとしか動かせないじゃないの!」
「そんなこと言われましてもアタシゴーレム作成できないんで想像で設計しましたし、そこら辺は熟練のノワール様が起点を利かせてくれると期待したのですよー」
頭を掻いて気にした様子もなく笑うツブヤッキーに、青筋を立てたディティクトは立ち上がって迫り、
「何でそんな肝心なところで他力本願になるのよ。やるならもっと真面目になりなさい、真面目に!!」
ドロップキックで椅子から吹き飛ばした後、尻を突き出して倒れる彼の臀部を踏みつけ始めます。
「ああ! もっと、もっと踏んで下さい――! あ、シャンバラの女子校生の皆さんは真似しないようにしてくださいね」
誰に言っていると、顔をひきつらせながらもヒールによる捩り込みを続行する彼女は吐息します。
十秒ほど踏んで満足したのか、もっともっと!とカモン形のアピールをしているツブヤッキーから彼女は目と足を離して、もう一つの影へ向き直り、
「というかそっちのアンタ! アンタはアンタでもそろそろ読書を止めなさい。資材持ってきたあと何にもしてないけど何でここに居るのよ」
顔を向けた先には、角ばった石を椅子がわりにして、座して本を読む壮年がいました。
コッペパンのような髪型を揺らしてディティクトを見た男、ズラカリー・フォッカは手持ちの文庫本を閉じ、機械的な動きで顔を上げると
「わしのこたあ気にしないで下せえ姐さん。特に用事も企みもないんで。ただまあ、ズラカリーに誘われたから石材運んできただけというものでさあ」
「用が無いなら帰れ――!」
小さな体で大声を上げた後、く、と吐息した彼女は頭を振り、
「ええい! アンタ達も私程じゃないにせよゴーレム操作技術はあるんだから手伝いなさい。ほら、右腕と左腕の操作権限渡すから武装の放ちは任せたわよ」
まくし立てられた指令に男二人は顔を見合わせ頷き合い、
「「アイアイサー」」
「私は女よ!」
「「アイアイマム」」
彼らがゴーレム操作に加わるとゴーレムは大きな挙動を見せ始めました。そしてディティクトが腕部を操作から除外し、他の部位に集中したことで歩行すら可能となってしまいました。
巨大なゴーレムはその巨体を生かし、大股歩行で前進します。分速にして九五メートルと言ったところでしょうか。
向かう地は、高級感あふれる夏場の保養地。
「このゴーレムは百メートル以上のタッパがありやすから、五十メートル圏内に入りゃあもう完全に制圧したもんでさあね」
「そうですのよノワール様。いざとなったら巨体を生かしたボディプレスも有りますし、それなりの反撃武装も括り付けてありますからあの程度の街なら怖くないざます」
「解っているわよ、それくらい。だから急ぐわよ。これで要人に逃げられたら本末転倒なんだから」
ゴーレムが遅いなりにも、確かに前進していくのを視認する彼女は、額に浮いた汗を拭いつつ口の端を吊り上げて笑い、
「……ここで人質の一人や二人作っておけばサンスカールにも攻め込み易くなる……。待ってなさいよエリザベート!」
さあ、これより始まるのは制限時間十分の電撃作戦。対するのは百メートル超過の大石像。
貴方達は彼の巨人を止められますか。そして街を、ひいてはザンスカールを危機から救うことが出来ますか。